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レクイエム
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夜の静かな音楽室の中で私が白い棒を持って振り始めると、それを見た彼がピアノを弾き始めた。
昨日の夜に私が作り上げたばかりの新曲が、多くの客のいる空間を満たしていく。
私は昔から変わらず、この緊張感のある空気が好きだ。そしてもちろん、私の作曲したこの曲はとてつもなくすばらしく、文句のつけようがないのである。
最高だ。
ピアノを弾いている彼は楽譜とわたしの指揮棒を一心に見ながらの演奏となる。
彼の好きな激しい(と私には思われる)曲ではないからか、手がイライラとしていた。
曲のテンポが下がっていく、私の大好きな見せ所。
私は少しずつ指揮棒の振りを小さくしていき、彼の弾くピアノの音も小さくなっていった。
そして……
がらがらがらがらっっ!!
音楽室の横開きの扉が開く音と共に、音楽はとまってしまった。
……っち、せっかくの見せ場が。
扉を背にしていた私は振り返ってそちらを見た。扉の取っ手を持ったまま呆然とこちらを見ている男の姿が目に映る。
ふむ、私の曲のすばらしさに陶酔したか、彼の演奏に嫌気がさしたかのどちらかだな。
もしかしたら、レクイエムの受けが悪かったのかもしれない。
いやしかし、客の方には受けはそう悪くなかったように思われる。
ならば、やはりこの男は彼の演奏に嫌気がさしたか、私の新曲に陶酔したのだな。
そのように結論付けて、私は再び指揮棒を振るった。
さすがに、彼もプロである。
即座に演奏を再開した。
「ひっ……」
後ろにいた男が何故か声を上げ。
「うわああああぁぁぁぁぁっ」
と声遠くなりつつ走っていってしまった。
……やはり、彼の演奏がいけなかったのだろうか。
そう思って私が悩んでいると、彼が立ち上がり、呆れた顔をして私の方を見た。
「自分が誰か分かってますか?」
「何を当然なことを言っているのだ。大音楽家のモーツァルトとは、私のことに決まっているではないか」
偉そうに私が答えると、彼はいつもの怒った顔で、演奏終わりと告げた。
絵に入っていた客人方が、どんどんと今の私達のように出てくる。
「いやあ、新しいレクイエムはいいねえ。こう、ぞくっとするよ」
「私としては、ベートーベンさんの演奏なのだから、運命でも久々に聞きたかったがね」
「モーツァルトさんのバイオリンもなかなかと聞きますが」
などという様々な私のレクイエムへの絶賛の声。
うむ、やはり私のレクイエムは最高なのだ。
あの男が逃げたのは、彼の演奏のせいなのだろう。
「ところで、モーツァルトさん」
やはり怒った顔の彼が私に声を掛けてきた。
いや、怒った顔とは失礼だな。
いかめしい顔つきをしたベートーベンさんというべきだろう。彼のこの顔は、わざとではない。
「さっきの見回りの男は、何もないところで指揮棒が浮いて動いていたり、誰もいないところでピアノの演奏が聞こえていたり、更には壁にかかっているはずの音楽家の絵が消えているのに驚いたのだと思いますがね」
ベートーベンさんの適切な御解答に、私はふううむとうなり声を上げた。
なんてことだ。
たったそれだけのことで私のあの素敵なレクイエムを聴かずに走り去ったというのか、あの男は。
まったく、信じられないことである。この大演奏家の私の音楽を聴かずに走り去るとは、愚かにもほどがあるだろう。
だいたい、指揮棒を使って指揮をとるのは当然じゃないか、などと私が文句を言っているのに呆れてか、彼は私に背を向けた。
そして、何故か私はあることを思い出した。
「そういえば」
私が上げた声に、ピアノの方へ向かっていた彼が不思議そうな顔をした。
客人がぺちゃくちゃとしゃべっている音は、気にならないのか聞こえていないのか。そういえば、彼は死ぬ前に耳を悪くしていたそうだ。
「今日は、美術部が活動するといっていた。あの男、次の見回りは美術室ではないのか?」
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