天文学部  

 昔っから、僕は人と話すのが苦手だった。

 小さい頃から引っ込み思案だということは親からよく言われていたけれど、これだけ大きくなってもその性質は直る事はなく、ずっと僕に付き纏っていたのだ。数少ない友人は、別の中学へと行ってしまった。
 そのため、この中学において僕は一人だった。

 直ぐに友人を作り話し出した人たちを見ながら、小さくため息を付く。

 むかしから、少し考えていた事が有る。
 それは、僕には「会話をする」という点で、大きな欠陥があるんじゃないか、ということだ。だって、実際、そうとしか考えられない。
 友人になろうと話しかけてきてくれた誰かに返事をするのに、僕は相当量の気力と体力を使う。頭をフル回転させて、その相手が不機嫌にならないように、気を使う。手は汗ばんで、頭が痛くなってくる。何を言えば良いのか分からなくなって、結局、口ごもる事が多くなってしまう。

 それが、僕のパターンだった。

 面白いことも言えず、気の効いた言葉なんてもってのほか、うまく笑う事だって出来ない僕に、愛想を尽かしてしまう友人は多い。そもそも、友人にすらなっていなかったのかもしれないが。
 そして結局、僕と話そうという奇特な人間は、いなくなってしまうのだ。
 小学校の時にもあった。
 クラス替えが行われて、最初のぎこちない期間に友人を作ることが出来ず、結局、イジメでもハブかれるわけでもなく、飛び出していた。

 そう、ずっと変わらない。
 あの時もそうだった。
 そして今も、その状況に陥っていた。

 皆が友人というグループを形成して、部活を選ぶ為に其々歩いていくのから離れて、僕は人通りの少ない廊下へと入る。
 皆の話し声が聞こえない辺りまでやって来て、僕はほうと安心してため息を付いた。

 そう、安心する。

 誰かが話していて疎外感を感じるぐらいなら、最初から誰も居ないほうがいい。
 誰も居ない静かで暗いところで、じっと膝を抱えて座っているほうがいい。

 そんなことを思いながらぼんやりと廊下を歩いていると、ふと、誰かの話し声が聞こえた気がした。
 そのことに、眉をひそめる。
 この辺りは、部活動の紹介なんてしていないはずだったし、そもそもこんな偏狭の地(というのもおかしいかもしれないが)で、部活動をしている生徒はいないはずだった。他の教室も遠いし、そもそも僕ら生徒があまり来る場所でもない。

 一体誰なんだ、と理不尽な怒りを覚えた僕は、そっとその声のする方向へと歩き出した。
 耳を澄まし、しばし考えてから、その声が大きく聞こえる方向へと足を伸ばす。
 こういうのもおかしいが、僕はなんだか少しだけ、楽しく思った。

「……と、……ってば」
「――。わしかて……けど……」
 途切れ途切れに聞こえてくる声から判断して、僕と同じ学生だろう。先輩かもしれない。部活の勧誘をサボって、こんなところまで来ているとも、考えられる。
 しかし、もう少しと歩いていった僕は、自分の考えが間違っていた事に気が付いた。
 男子生徒の一人が勧誘に行かなくちゃいけない、という旨のことを話していて、もう一人、関西弁の生徒がそれを渋っているのだ。

「もう、君は、うちが潰れても良いのかい?」
「そ、そないなことあらへんよ? けど、こーんな部活に入ろうっちゅう奇特な人間がおるんかいな」
「俺がいるじゃないか」
「自分は特殊例や」
「失礼だね。俺以外にも絶対いるって。入ってくれる人。だから、勧誘しに」
「わしもかぁ?」
「まあ、それも面白いだろうけど」
「や、面白いことあらへんやろ」

 ほのぼのとした会話に、少しだけ笑う。
 一体ドンナ人が話しているんだろうと、僕にしては珍しい好奇心なるものが沸いてきて、そっと少しだけ扉を開き、中を覗き込んだ。

 理科室の中。
 黒く塗られた、理科室特有のテーブルの上に座って、黒ブチのメガネをかけた、優等生風の生徒がいた。そして、その目の前には――。

「……?」

 だれも、いなかった。
 おかしい。さっきからずっと、話し声はしてるのに。

「いいんじゃない? 君が来れば、いいアピールになるよ」
「あほ言うない。アピールどころか、衝撃やで」
「あはは、いいねぇ、それ。衝撃のあまりうっかり部員に」
「や、意味わからへんから」

 楽しそうに話している生徒の前には、やはり人は居ない。
 少し首を突っ込んで辺りを見回してみるが、人はいなかった。

 ……気になる。
 おかしいじゃないか。この人の独り言? そんなわけない。
 腹話術を練習しているわけでも無さそうだし、それなら、これは、何だ。
 どうしようか迷ってまよって、結局中に入った僕は、このときはどうかしていたのかもしれない。いつもなら、絶対にそんなことはしなかっただろうに。

「すいません」

 がらりと扉を開いて中に入ると、ぴたっと話し声が止まった。
 そして、学生が驚いた顔をして僕のことを見てくる。

「あの……僕、」
「え、もしかして、新入生?」

 驚いてそう聞いてきた彼に頷いて見せれば、僕よりよっぽど大きく見える彼は、にっこり……というよりはにやりと、楽しげな笑みを浮かべた。そして、入って入って、と手招きするのに導かれて、僕は理科室の中へと入った。

 大きな黒板と、並べられたテーブル。
 人体模型と、何故かこちら側に出ている骸骨模型。
 それから、後は天体模型とかなにやらおいてある理科室をぐるりと見回して、彼がどこからか入れてきたお茶を目の前に、あの、と僕は声を上げた。

「ん、何?」
「さっき……誰かと話してましたよね?」

 にこにこと楽しそうな嬉しそうな笑顔の彼に思い切って聞いてみれば、彼は戸惑った様子で「あー、」と声を上げた。そして、伺うように僕の後ろ側を見……今一度、僕の事を見る。

「……知りたい?」
「はい」
「えと、驚かない?」
「平気です」
「秘密にしといて、もらえるかな」
「大丈夫です」

 あの時の自分、おもしろかったなぁ、と彼は今でも僕に向かって言ってくる。
「あんなはっきり断言するんやもん、わし、見てて心配やったわ」とも。

 しばし戸惑い考えていた学生は、よし、と思い切ったように声を上げると、その人だよ、と僕の後ろを指差した。
 僕の後ろ。
 骸骨の模型だった。

「……」
「……」
「……」
「……どもー」

 口を利いた。
 僕はじっとそれが本物の模型であることを確認し、ぐっと手を伸ばして模型の腹の辺りを殴ってみた。

「うぉうっ?」
「てや」
 今度は、肋骨の中に手を突っ込んでみる。
 何もない。空洞だった。
うむ。

「な、なななにするんっ! セクハラやっ」
「いやぁ、セクハラはないんじゃないかな」

 突っ込んだのは、学生だった。
 僕は今一度骸骨を見て、首を捻る。機械が入ってるわけでもない。僕の手から逃れるように後に下がった骸骨が、じっとこちらを睨みつけて? 来ている。

「あの、ここはロボット部?」
「や、天文学部だよ」
「ああ、じゃあ、宇宙人さんですか」
「……面白いこというね、君」

 ぽんと手を打って言った僕に、学生は呆れたような声をあげた。
 そして、違うよ、と苦笑して言う。

「幽霊さ」
「へえ」
「……って反応薄いわっ」

 呟いた僕に突っ込んだのは、骸骨君だった。
 べしっと軽く叩かれた頭を押さえて、だって、と声を出す。

「どう反応すればいいのか、わかんないし」
「いや、もっとこう、驚くとか、感動するとか、驚くとか、仰天するとか、なくとか、わめくとか、驚くとかっ」
「幽霊ぐらいなら、驚かないよ僕」

 必死に主張する彼(声からすれば、男子だった)にそういえば、へぇと楽しそうな声を学生が上げた。

「よく見るの?」
「まあ、割と」
「じゃあ、この学校は間違いだったんじゃないの。結構、いるよ?」
「いえ、引っ張られたみたいです」

 軽く手を振りつつ答えれば、学生は再び、へぇと声を上げた。

「ところで、天文学部入らない?」
「あ、入ります」
「って即答やなっ」

 びしりと再び彼のツッコミが入って、僕は少しだけ笑った。
 だって、ここならうまくやっていけるって、そう思ったから、とはもちろん口にしないが。

「あの、ちなみに、なんて呼べば良いんですか?」
「ん、彼は名前がないみたいだから、適当に。俺はいっつも、君としか呼んでないけど。で、俺のことは先輩ってよんでね」
「自分、そう呼んで欲しかったんやな、ほんまに」
「当然。最初で最後の後輩だろうしね」
「じゃあ、そう呼びます。ちなみに、僕は」


 そういって名乗った名前は、光の中に溶けて消えた。



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