たとえばガッコの屋上で 

 この部活に入ってから常々疑問に思っていることがあった。
 僕が入っているのは、天文学部。
 しかし下校時間は、当然夕方。
 夜ではない。
 しかしこれは、天文学部。
 星を見るのが専門のはずである。
 夏休み、学校へ行ってみたものの、やはり追い出されてしまい星を見ることは叶わなかった。
 それでも天文学部。
 星が見れなくても天文学部。


 矛盾してる。


 だって天文学部だよ。どう考えても星を見るための部活だ。
 確かに、入るときは、そんなこと考えていなかったけれど。それでも、一応天文学部と銘打っているわけだし、やはりやってみたないなとそう思うのは当然であるだろうと、そう思うのだ。


「というわけで、何とかなりませんかね?」
「開口一番聞かれても、困るんやけど……」


 僕の言葉に彼は眉を顰め、先輩は軽く首をかしげた。窓枠に座ってぼんやりとそとを眺めていた先輩が、何が、と聞きながらこちらに振り返ってくる。


「やっぱりほら、天文学部ですし」
「うん」
「星が見たいです」
「見れば?」
「部活動としてみたいんですっ!」


 むっとした顔で主張すれば、先輩はごめんごめん、と笑いながら謝ってきた。そして、でもさ、と言って苦笑する。
 僕のことを見て、いつもと同じ笑顔を浮かべた。


「どうやるのさ。追い出されるでしょ」
「……それが問題なんですよ」


 頭を抱えながら僕が言えば、せやなぁ、と彼が首を捻った。ぽきり、と音がする。壊れないだろうか。


「おっちゃん、どない思うー?」
「……」

 聞かれて、首を捻るのは人体模型のおじさんだ。一応、顧問という事になっているが、当然この人体模型が顧問であると学校側では認識されるわけもなく、どうやら、他にも顧問はいるらしいが、僕はあったことがない。どの先生が本当の顧問なのやら。


「……隠れる」


「……だからってさ、本当に隠れようって思うかな、普通」
「だってだって、先輩は星見たくないんですか、ほ、しっ」
「見たくない、とは言わないけどさ」


 そこまでして見たくはないなー、と続ける先輩に、思わず呆れる。なんだって、この人は天文学部に入ったんだ。そういった疑問に気が付いたのか、彼はだってさ、と言葉を続けた。


「幽霊がいる部活って、面白くない?」
「それだけで入ったんですか」
「そうだけど?」


 当たり前じゃない、と続けそうな先輩に、小さくため息を付いた。
 夜。先生は見回りを終えて全員帰ったようだし、あとは警備の人に見つからなければ、完璧。彼をつれて屋上へ行けば問題はない。
 顧問のおっさんの言葉に従って、僕達は結局、隠れていたのだ。教室の一つ。壁際にはいつくばって、自分たちが荷物になった気分になって荷物な気配を出しながら、机と机の間に丸まっていた。途中、カーテンを開けに来た先生もいたのだが、結局、見つかる事はなかった。
多分、気配が荷物だったからだ。


「でもさ、なんで今日にしたわけ?」


 不思議そうな声を先輩に上げられて、知らないんですか、と首を傾げる。結構ニュースになっていたのに、知らない事の方が不思議だった。


「月食ですよ。六年に一度おこるって奴で、月が赤く見えるんですよー」
「や、そういうことじゃなくてさ」


 困ったように言った先輩の言葉に、首を傾げる。
 その意味を僕が問う前に、おったおった、と彼が遠くからかけてくるのが見えた。それに手を振って、こっちこっち、と骸骨を招く。


「ほんま、みつからんかったんやなー。ようやるわ」
「だって、こうしないと星が見れないじゃないか」
「そりゃ、そうなんやけどね?」


 楽しげに彼が言って、ほなほな、と楽しそうに声を上げる。


「観に行きましょかー。星っ」
「うん」
「……」
「まあ、分かってたけどね」


 先輩の言葉に、あぅ、と小さく声を上げる。
 空は、真っ暗だった。そりゃ、夜だから真っ暗でも当然なのだけれども。そういう暗さではなく、純粋に、なんていうか、真っ暗だった。明りがない。当然だ。見事なぐらいの、曇り空だったから。


「わかってたなら、何で言うてくれへんかったんよー」


 当然の疑問を彼が発してくれたので、僕はこくこくと何度も頷いた。本当だ。
 彼はまあ、ここに住んでいるわけだし、あの理科室に住んでいるわけだし、窓を開けて外を見るわけにも行かないし、天気が悪い事に、雨が降っているならばともかく曇り空に気付かなくても、仕方がないような、そんな気がしなくもない。
 それだけれども、先輩なら知っていたはずだ。というか、知っていて当然という言葉だ。なら、何で教えてくれなかったのだ。
 そういった疑問と何で言ってくれなかったんですかーという恨みを込めた視線を先輩に送れば、彼は苦笑して、さっきさ、と言葉を発した。


「言いかけたの、これだったんだけどね」
「僕のせいだっていうんですかぁ?」
「そうは言わないけどねー」


 のんびりと答えて、でもさ、と微かに笑いながら僕のことを見下ろしてくる。


「今日、何度も外出たんじゃないの? 空、見なかったわけじゃないでしょ?」
「見ませんでしたよっ!」


 即答して、むっと顔を顰める。


「だってだってだって、楽しみじゃないですか、すごいわくわくするじゃないですかっ! 昨日から、ずっとずっと空は見ないようにしてたんですよ。今夜、思いっきり、見ようと思ってっ!」
「……自然と、目に入るじゃない」
「ずっと俯いてましたっ」


 むすっとしながら言えば、先輩は苦笑して、彼は相変わらず、と声を上げた。


「自分、変なことやるなぁ」
「そ、そんな変なことじゃないでしょ?」
「いや、そーいうことをする人は、見たことあらへんよ」


 言われて、むぅっと黙り込む。
 そりゃ、僕だって、そんなことした事なかったけど。でも、それは楽しみだった証拠であって。別に、変なことじゃないと思う。変なことじゃないよ。うん。


「とりあえず、今日は解散かな。これじゃあ、月もなにも……」


 ふっと、途中で先輩が言葉を止めた。
 どうしたんですか、と首をかしげながら先輩を見上げれば、あれ、と空の一箇所を指差した。


「お」
「あーっ」


 雲が、割れていた。
 微かにだけど、そこから星が零れ落ちている。
 しばらく黙ってみていたらそれは直ぐに雲に埋もれてしまったけれど、それでも、僕は、満足できた。
 雲に埋もれた星をしばらく眺めて、それじゃあ、と僕は声を上げた。先輩と彼とを順番に見て、少し笑う。


「帰りましょうか」
「せやな」
「そうだね」


「また、来ようか」
「はいっ」


 先輩の言葉に大きく頷いて、
 結局僕らは、アレ以外の星は見れないまま、帰ることにしたのだった。



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