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箱 庭 一番最初に目に入ったものは、誰かの顔だった。 いや、本当にそうなのかも良く分からない。 むしろ、そうでないことを彼は願った。 しかし。 「お、案外早かったんだな」 自分と同じ年齢だろうか、少し高めの声がその口から飛び出したことで、その願いは淡くも崩れ去ってしまった。 身を起こして、自分が寝ていたらしい薄い布の上に座り込む。 彼がぼんやりとその顔を見つめて、改めてその大きさに驚かされた。 顔の形やつくりは人間そのものであるが、彼とは全く違う。大きさが、あまりにも違うのだ。 この人(?)は、でかすぎる。 「おい、なんか言わないのか?『外』に出たからってしゃべれなくなるなんて、説明書には書いてなかったぞ」 なんと言えばいいのかわからないのでそいつ、とでも言おうか。 そいつは、彼のことをじっくりと眺めがなら手に持った本――これもまた、異常な大きさを誇っているのだが――に書いてあるミミズが這い回ったような文字をを目で追っていく。 何が起こったのか、よく、理解できない。 彼は頭を振りながらゆっくりと辺りを見回した。 自分が座っている布の下にあるのは、滑らかな板で、同じ板の上には妙に硬そうな木の棒と――彼にはそれが巨大な鉛筆に見えた――、白く四角い妙な物体――消しゴムのように見える――が少し離れた所に置いてあった。 板の切れた先には、何もない空間。 いや、彼からみればその何もない空間からそいつがにょきっと生えているように見えるのだから、そいつの体が人間と同じつくりをしていると仮定すれば、その下には床があることだろう。 その更に奥にあるのは本棚、だろうか。 そいつの持っている本と同じような文字、らしき物が見える。 ぐるり、と頭をめぐらして後ろを見ると、一瞬にして心臓が跳ね上がった。 透明なガラスのような物の中に、誰かの顔が見えたのだ。 しかし、直ぐに自分の顔だと気がついて、ほっと胸をなでおろす。一気に飛び上がった心臓の鼓動が収まるのを待って、彼はじっと目を凝らし、そのガラスを見つめた。 ガラスの中には何が入っているのだろうか、妙に黒々とした空間が広がっている。 時々、様々な色の光が飛び交って見える様は、暗い水中に沈んだ夜の都会のようだった。 「うん、やっぱお前、しゃべれるはずだよな」 独り言なのだろうが、そいつがでかいせいだろうか、妙に耳に痛い声だ。 思わず、耳を塞ぐ。 全く、自分も変な夢を見るものだ。 ぐわっと風が吹き身体を揺らした。 驚いて左右を見渡すと、そいつの右手――これもまた、馬鹿でかい――がこれまた大きなシャーペンらしきものを手に持ったところだった。 風は、そいつが動いたせいでおきたのだろうと、妙に納得する。 そいつはシャーペンの先を彼に向けると、そのまま彼に接近させてきた。 幾ら夢でも、シャー芯に刺されるのはたまったものではないと、慌てて立ち上がり逃げ出そうとする。 が、布に足をとられ、そのまま冷たい板の上に転んでしまった。 ぶつかった肌が、じんじんと痛みを発し、熱を帯びていく。 そしてシャー芯は、もう目の前にまで迫っていた。 「やめろよっ!死ぬ、死ぬからっ!」 言葉が通じるかなんて、そんなことは知らない。 ともかく、刺されまいと思う気持ちだけが彼の中にあった。 「やっぱり、しゃべれるんじゃん」 うれしそうなそいつの声が部屋中に響き渡り、周囲を振動させる。 あまりの声の大きさに、彼は頭がふらふらするのを感じた。 「まあ、当然だよな。そうでないと、レポート書けないし」 うれしそうにそいつが言って、思わず「はあ?」と声を上げる。 レポート、レポートと言ったのか、こいつは。 レポートと言うのはあれか、学生が先生に提出する文字の書かれた紙の束のことか。 「レポートだよ。お前だって、書いたことぐらいあるだろ」 問われて、そりゃそうだろう、と答える。 というか、ちょっと待て、自分。 何故そんな普通に答えているんだ。 幾ら夢だからって……。 思わず悩み始める彼を尻目に――それ以前に、目に入っていないと言う説もあるのだが――、そいつは言葉を続ける。 「それでまあ、俺のレポートにお前の発言が必要なんだよ。取り出されたときにどんな気持ちがしたかってのを……」 「ちょ、ちょっと待てよ」 慌ててそいつの言葉を遮り、反芻する。 取り出された、といった。 そのことは疑いようもない。 けど、どこから……? 彼の頭の中を読み取ったかのように、そいつはそこだよ、と言って、彼の後ろにある黒い何かが入ったガラスを指差した。 反射的に『それ』を見て、覗き込む。 濃い暗闇の中で微かな光が飛び交う。 『それ』をじっくりと見つめて、彼はあ、と小さく声を上げた。 見間違いようもない、教科書で何度も見たことがある、地球が中に入っていたのだ。 「今年の宿題、『セットを使って実験し、その結果をレポートにまとめよ』ってね」 「……セット?」 呟くように、聞き返す。 地球をじっくりと眺めると、だんだんと『地表』が近づいてくるのが分かった。 夢のように、自分がその地球を手をとり近くで眺めている気分になる。更には、ふと日本が見たいと思った彼の気持ちを反映するかのように日本へと『視界』が近づき、東京の町並みへと入っていく。 空から少しずつ下がるように、人間よりも高いところから見下ろすようにしながらも、『視界』が動いていく不思議な感覚。 「そう、『箱庭セット(地球バージョン)』。学生向けのミニバージョンだけどね。地球の歴史を見ることが出来る、とっても素敵なセットだそうで」 いや、そんなこたあ聞いてないよ。 そう思うと同時に、彼の意識がふっと浮き上がった。 『視界』が転じ、ガラスの外側へと戻る。 どうも、車酔いをしたかのような気分に陥った。 「はこ、にわ……?」 ぼんやりと、呆然とした声は間違いもなく彼自身の物だった。 そうだ、と答えられてもその言葉の意味を理解するまでには、またしばらく掛かった。 「え、じゃあ、この中に地球があるのかっ!?」 「そうだよ。お前だって、この中にいただろうが」 ようやく理解して声を上げると、そいつはうるさいと言うように手を振りながらそう答えてきた。 何故そんなに当然のことを言ってくるのか、またどうして言わなければならないのかといった調子だ。 「お、俺がこの中に?」 思わず聞き返すと、そいつは当然だと頷いてくる。 いおい、いくら夢でもそれはないだろうと思いながら小さく唸ると同時に、そいつは それで? と聞いてきた。 「取り出されたとき、覚えてるか?」 この質問に答えたら夢から覚めることができるのだろうか。 「これだけ答えたら返してやるから、ほれ」 再びそいつにつつかれそうになったので慌てて避けながら、知らない、と答える。 「知らないって何。空から手が生えてきたとか、そういうのじゃないの?」 「んな非常識な」 思わずそうかえしながらも、彼は今のこの状況も十分非常識だと思った。 起きたら目の前に巨人がいましたなんて、小学生だって言ったりしないだろう。 「気が付いたら、ここに居たのさ。友達と学校の階段を降りていた、その記憶しかない」 そう正直に返すと、そいつは少々驚いた顔をしてからビンゴ、と呟いた。 「他の奴もそう言ってた。どうやら、それでアタリらしいな」 アタリって何だ、と彼は少々不機嫌になったが、出来る限り顔に出さないようにし黙っていた。 しばらく待っていると、そいつはうれしそうに小さく頷いてから、 「返してやるよ、こっち来い」 と手を出してきた。 その手の上にのったら握りつぶされるのではないかと一瞬考えたのだが、夢なのだからそんなことはないと自分に言い聞かせて、彼は恐る恐るその手の上にのった。 ぐらり、と足元が揺れたのはどうやら、その手が動いたかららしい。 目の前に見えていた風景が動き、揺れる。 周りを見るに、セットの上に持ってこられたらしい。 そっと下を覗くと、黒々とした液体にも似た物がたっぷりと、ガラスの箱の中に入っているのが見える。 「おいおい、まさかこの中へダイブ、ってわけじゃないよな?」 思わずそいつの方を振り返ってみると、そいつは当然だ、と首を縦に振った。 「中から取り出した時も『宇宙』も『大気圏』も通ってきたんだ。別に、戻る時も問題はないだろう」 推量かよ。 心の中だけで突っ込んで、彼は、ふとそうだ、と声を出した。 しかし、それはそいつには聞こえなかったらしい。 「じゃあな」 と声を掛けられると同時に足元が傾き、視界が廻った。 そして、頭からその『黒い異物』の中へと入っていくのが分かる。 ゼリー状をした液体だと、認識できた。 目が覚めると、そこは彼自身の部屋だった。 巨人もいなかった。 安心してほう、と息を吐き、しかし目の前にある時計を見てもう出なければ遅刻をしそうな時間だということに気が付いた。 慌てて準備をして、家を飛び出す。 外に出るとそこには、いつもと同じ薄い青色をした空があり、足元から伸びる道路には表情がなく、視線を動かせば鴉が屋根に止まりゴミを狙っているのが見えた。 いつもと同じ、何も変わらない風景に、どきりとする。 あれは、夢だったのだろうか。 そう、考える。 夢のようでもあり、一方でとても現実じみた感覚が残っている。 あれは、夢だったのだろうか。 聞きたいことは幾つもあったはずなのに、何も聞けなかったことにむなしさを感じる。 しかし、せめてこれだけは聞いておくべきではなかったのかと、彼は歩みを緩め空を見上げながら、思った。 そのセットが捨てられたら、俺達はどうなるのですか。 完。 |
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