出会い  

 後ろから声が聞こえて、ビクッと肩をすくめる。
やべ!見つかった!!
「あ!こら!待ちなさいよ、拓也(たくや)くん!」
こんにゃろ、捕まってたまるかよ!
足に力を入れて、スピードを上げる。
けど、このまんまじゃ捕まっちまう。
次の角を曲がって、すぐ近くの部屋に入りこむ。
誰の部屋かしらねーけど、かくまってくれ!!
扉を閉じて、カーテンの裏にもぐりこむ。
と同時に、ベッドにいるこの部屋のあるじと目がばっちりと合った。
茶色いサラサラの髪の少女で、今の今まで本を読んでいたらしい。
いいなー、一人部屋か。
って、そうじゃなくて!
「頼む、かくまってくれ」
両手を合わせて、小声でおれは言った。
彼女は、苦笑しながらも無言で頷く。
こんな初対面のやつを信用して良いものかどうか……
ま、どうせそのうちに見つかるんだけどな。
けど、出来る限りは見つからずにいたい。
動かないままで彼女の方を見てみると、彼女は持っていた本に再び目を落とした。
おいおいおい、ホントに大丈夫なのかよ。
カツカツと扉の方で音が聞こえた。
自称白衣の天使がこの部屋までおれを探しに来たようだ。
くっそー、しつけぇんだよ!
「咲(さき)ちゃん、開けるわよ」
おれに掛ける声とは正反対の声で、おばはんが言った。
このおばはん、態度変わりすぎだろ。
「ええ、良いわよ」
咲と呼ばれた女が、本から顔を上げて返事をする。
くぉら!おれをかくまってくれるんじゃなかったのか!?
ガラガラと扉が開く。
く、くそー。こうなったらおばはんの隣をすり抜けて……
「ここに、男の子来なかった?」
よし、いまだ!
「いいえ。」
て、あれ?
カーテンから出る寸前で、足を止める。
「ずっとわたし一人だけど。どうかしたの?」
おー、以外と演技派なんだな、こいつ。
「ちょっと、ワンパクぼうずが脱走しちゃって。まあ、いいわ。誰か来たら、ナースコールしてちょうだいね。」
また、ガラガラという音。今度は、扉が閉まったみたいだった。
カツカツと靴音が遠ざかるのを確認してから、はあぁ、と息をつく。
「助かったぜ。あんがとな」
本を読んでいると思いながらも、咲とやらに礼を言う。
そして、そっちを見て……一瞬だけ心臓が止まったかと思った。
目を輝かせておれのことを見ている彼女と、目が合ったからだ。
「篠崎(しのざき)さん、ワンパクぼうずとかいってたけど?」
くすくすと笑いながら、咲が言ってきた。
「うっせーんだよ、あのおばはんは。おれはもう平気だっつってんのに、外にも出してくれねぇしよー。だから、脱走してみたんだけどな」
そう言いながらも、彼女のベッドに腰掛けさせてもらう。
さすがに、点滴の後の全力疾走はキツイな。
「あなた、なんて言うの?なんの病気なのよ?」
興味津々で聞いてくる咲に、簡単に答えてやる。
「如月(きさらぎ)拓也。十二歳。なんか、他の奴より心臓が弱いんだってよ。」
自覚はねぇけど。
「ふ〜ん、じゃあ、同い年なんだ」
「はい!?」
「なによ、その反応。楠原(くすはら)咲、十二歳。れっきとした中一よ」
いや、おれより年上かと思ってたわ。
なんか、言葉使いとか大人っぽかったし。
けど、こうして話してると違和感はないよな。
「で?なんで入院してんだ?」
「喘息っていう病気なんだけどね、他の子より体が弱い事もあって、すぐにこうなっちゃうのよ」
ぺろりと小さく舌を出して、彼女は左手を上げて見せた。そこには、点滴用のホースが繋がっている。
「じゃ、外に出れねぇんだ」
「そうなのよね」
あ、…………
このセリフは、彼女に言ってはいけないものだったのか、彼女の顔が少しかげった。
「そんじゃあさ……」
おれの言葉に、彼女は顔を上げた。
「元気になったら、この辺の事案内してやるよ」
にやっと笑っておれが言うと、彼女の顔が輝いた。
「ホントに!?」
「ホントもホント。おれは、嘘つかねぇんだよ」
得意満面でいってやると、彼女はうんっと元気よく頷いた。
「んじゃさ、また明日来るわ」
そういい残して、部屋から出る。
ここに入院して始めて、話せる友達が出来た。
そしてこれが、彼女、楠原咲との出逢いだった。



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