責任  

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咲の手を握ったまま、おっちゃんがおばはんの病院へ電話をかけているのをぼんやりと聞いていた。
咲は、おっちゃんに準備された吸入とやらをして、今は落ちついた呼吸をしている。
しかしこれは、少ししか持たないんだそうで、早くおばはんの病院へ行って点滴をしなければならなかった。
おばはんとの電話を切って、おっちゃんは立ちあがった。
「すぐに行こう。車で送ってあげるから」
そう言うおっちゃんの言葉に促されるまま、おれ達はおっちゃんの車に乗り込んだ。
重いエンジン音が響いて、車が動き出す。
慣れた手つきで車のハンドルを回すおっちゃんに、苦しそうに呼吸を続ける咲。
おれはなにも言えずに、ただ咲の手を握っていた…………。
ついていた明かりが次々と後ろに流されていく。
おっちゃんが無理矢理に右にカーブして、病院の前に車を止める。
「咲、いくぞ」
短く言って、車から出る。
病院の中に入って、待っていたおばはんと合流する。
おばはんは、おれ達をひとつの部屋の前に連れてきた。
「拓也君はここで待ってて。咲ちゃんのお母さんたちが来るはずだから」
そう言い残して、咲と共にその部屋の中に入って行った。
しばらくして、おっちゃんがやってきた。
「どうだ?」
そう聞いてくるおっちゃんに向かって、黙って首を振る。
わかんね―よ、今の咲の状態なんて……なんで、こうなったのかなんて……。
ぐっと、両手を握り締める。と、おっちゃんが軽くおれの背中を叩いた。
「ま、そう、気を張りつめるなって。だいじょうぶだよ、わしの病院と違ってちゃんとした設備が整ってるんだから。」
「おっちゃん……何気に悲しいこと言ってるよな……」
「そうか?」
「ああ、かなり」
なぜか頭を悩ませ始めるおっちゃんに苦笑して、おれは大きくため息をついた。
わざとやってんのか?おっちゃん……。
まあ、それはそれでうれしいけどさ…………。
パタパタとスリッパで駆ける音がして、咲のおかーさんがやってきた。
「あ、あの……」
呼びかけて……何を言えば良いのか迷う。
咲のおかーさんは目を見張っておれのことを見て……手を振り上げた。
左頬に、衝撃が走る。
「ま、また、あなたね!……咲を……咲を殺す気なの!?」
そういう彼女の言葉を受けて、おれは……何も言い返さなかった。
左頬に痛みがうずいている。
「ま、まあまあ、奥さん。落ちついてくださいよ」
隣で見ていたおっちゃんが声を上げる。当然ながら、彼女は不思議そうな顔をした。
「あなたは…………?」
「咲ちゃんに応急処置として吸入をやらせました。小さな病院の主治医です。そんなに、
拓也君を責めないでくださいよ。拓也君は一人で――」
「――おっちゃん、黙って」
おれの弁護をしようとしたおっちゃんの言葉を遮って、声を上げる。
おっちゃんと咲のおかーさんが不思議そうな顔をする。
おれは顔を上げると、彼女の目を見据えた。
彼女の目に映っているのは……戸惑いと、不安。
おれは、頭を下げた。
「ごめんなさい!」
咲の異変に気付いてやれなかったのはおれの責任だ。もっと早くに気付いてやれれば、こうはならなかったかもしれない。咲のおかーさんが怒るのも無理はない……。
「わ、分かればいいのよ」
なぜか戸惑ったように彼女は言って、部屋から出て来たおばはんと共に部屋の中に入って行った。
ぐっと、唇を噛締める。
「…………拓也、くん?」
おっちゃんの言葉に、おれはやっと頭を上げた。それから、小さく笑う。
「おれ、帰るわ」
ここにいても、しょうがないし。
「え?ちゃんと咲ちゃんのところに――」
「――ンな必要ねーよ!」
怒鳴って、じゃあ、と手を上げる。
そして、おっちゃんが何か言ってるのも聞かずに走り出した。
責任は…………おれに、あるんだ。

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