別れ。そして  

 ・ 

「悪いけどね、教えられないよ」
そう言って、おばはんは首を振った。
「何でだよ!?」
大声で聞き返す。
ここは、分かると思うけど病院の中だ。わざわざ部活を休んできたおれに、おばはんはそう言ったのだ。
「咲ちゃんのお母さんに言わないで欲しいっていわれててね。」
「だったら、教えてくんねーのかよ!?」
おばはんは仕方がないといった顔をして、首を振った。
何もいう事が出来なくて……おれは後ろを向いた。
「あの娘の部屋は、変わってないよ」
わざとらしく言ったおばはんの声に、思わず振りかえる。
おばはんは、ニヤニヤというように笑って、おれのことを見ていた。
「いいのかよ?んなこと言って」
「なんのことだい?」
楽しそうにおばはんは言ってくる。
……ったーく。
おれは、小さく笑って……駆け出した。
咲の部屋へ。
覚えのある道を通って、走る抜ける。
一人部屋である咲の部屋に入って、少しだけ、息を整える。
ベッドの方を見て……咲の姿を確認する。
少しだけど……ホッとした。
「咲、大丈夫か?」
咲にそう聞いて、彼女は小さく頷いた。
「拓也……ごめんね」
小さな声で言う咲に、驚く。
「ごめんね、迷惑かけちゃった」
泣きそうになって言う咲に、笑ってやる。
「気にすんなって。おれは、全然迷惑じゃないから」
おれ言葉に、咲は笑ってくれた。
しばらく黙って、少し話をする。そんな感じだった。
「もう一回、アノ桜のところに行こうぜ」
咲は、頷いた。
でもそれが、おれ達の交わした最後の言葉だった。
その3日後に、咲は死んだ。>

葬式に出席した時、咲のおかーさんはおれのことを見て……逃げるようにして部屋から出ていった。

焼香を終らせて、おれもそこから逃げ出すように出ていった。

そこにいられるようなヤツじゃないから。


「なあ、大丈夫か?」
たかの声に、ふっと我に返る。
「……なにが?」
「なにがって……おまえ、へんだぞ。楠原が死んでから」
ははは……簡単に言ってくれるよな、たかも。
おれは、そのまま顔を伏せた。
やる気も何も出てこない。だから、たかがへんだって言うのも仕方がないのかもしれない。
おれは、ぼんやりと立ちあがった。
たかが、3歩ほど下がる。
たか……おまえ、それでも友達か?
机の横にかけてあるバッグを掴む。
「どうすんだ?」
「帰る。のりおに言っといてくれ」
そう言って、おれは教室から出ていった。
でも、このまま帰れるはずもない。
おれは、足の向くままに公園……咲と最後に行った国立公園へと行った。
いつのまにか満開になった桜が、妙に淋しく佇んでいる。
薄くベールのかかったような空からさしこむ光が、その一本だけの桜を照らしているようだった。
おれは、桜の木に手を当てた。
「バカやろう……」
もう、聞く人のいない言葉だ。
「咲……さ、一緒にここ来ようって。また一緒に来ようって言ったじゃないか!!」
周りにも、誰もいない。
咲がいなくなって出来た心の穴……おれは、その喪失感に耐えかねていた。
こうなるんだったら、もっと優しくするべきだった。
迷惑をかけてたのはおれの方だ。咲は、なんにも悪くない。
おれにもっと、もっとちゃんとした何かがあれば……おれがもっと大人だったら、咲を助けられたかもしれないのに……
今更どうしようもない後悔が、溢れてきた。
水が、落ちる。
おれは、その水をぬぐって、カメラを手に取った。
まだ、数枚だけ残っている。
それを持ち上げて、桜を中にいれた。
何枚も撮って、おれがここにいることを忘れるぐらい、おれのこの虚無感を埋めて欲しくて……おれは、シャッターを切っていた。
ふっと視線を落として、あることに気付く。
「………………」
スミレだった。
白のスミレを縁取りするように、ほんのりと紫色がかかっているスミレ。
…………咲……
おれは、残り一枚となったフィルムを、それでうめた……


――あの花は……咲が持ってきてくれたのだろうか――?

 ・ 



当サイト内の文章・画像の無断転載・使用を禁止します

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送