咎人達の輪舞(1)  



 ニ、三人の人が横に並べばもう通る道はなくなってしまうような、そんな幅の石造りの通路を出来るだけ足音を立てないように歩いて行き……立ち止まる。
 すっと腕を伸ばして後ろを付いて来ていた今回の相棒のジャンを立ち止まらせて、くいっと、親指で後ろを指差した。
 戻る。
 そういうメッセージにジャンは眉を顰め、何でだよ、と口先だけで聞いてくる。
 暗い通路で窓から差し込む月明かりだけが頼りだが、慣れているだけあって夜目は効く。ジャンの口の動きは明確に見て取る事が出来た。

「勘」
「おい、そんなんで予定を……」
「うるさいな。俺の勘は当たるよ?」
「あのな、ナギ。滅多な事じゃ予定を変えるなって、ホークスも言ってたじゃんか」
「安心しろよ、滅多な事だから。ジャンの勘ならともかく、俺の勘なら当たる。絶対な」

 小声で囁きあって、ほら、と先を促す。
 通路を急いで戻って窓を開き、そこから屋根の上に登らせて、自分も窓を閉めてから屋根の上へ。
 と同時に、下で人の声。

「誰かいたか?」
「いや、異常はない」

 思わずニヤリと笑みを浮かべてジャンを見ると、逆立てた髪をぐしゃぐしゃと右手でかき乱してから、一瞬目が合うとちぇと舌打ちし、ふいとそっぽを向いた。それに声を出さずに笑って、ナギは耳を済ませる。
 見回りの人間の足音が遠ざかって、多分、角を曲がっただろう。
 それを確認してから、少しだけ首を捻る。

 元締から渡された情報ではこの時間に見回りは来ないはずなのだが、何だ、情報が間違ったのかそれとも予定が変わったのだろうか。
 まぁ、見つからなかったから良いか。

 そう思いながら、ジャンを促して下に降りる。
 ジャンはナギよりも確か四つか五つか年上なのだが、新参者だ。ナギは三年ほど前からホークスに言われてこっちの仕事もしているから、ナギの方が古参である。
 彼が言うには両親に売られるようにして出稼ぎに出たものの、その奉公先がひどい所で我慢する事叶わず、逃げ出すようにして出てきたのだそうだ。
 とはいっても、ジャンがそう話していたからといって、それが正しい経歴だとは限らない。特にナギが居るギルドには、毎日のように経歴を変えて話している輩もいるぐらいだ。それに、ギルドの元締めであるホークスについてだって、誰もその経歴を知らないのではないだろうか。

 ギルド、とはある種の職業集団の事を指す。
 鍛冶屋のギルドや運送屋のギルド、ワイン屋のギルドなど様々存在するが、その中でナギが所属しているギルドは特殊だ。
 幾つもあるギルドの裏方に位置し、其々と結びつきながらギルド間の調整やらギルドには出来ないが誰かがやらなければならないような仕事など、様々なことを請け負っている。
 それだけではなく、ギルドとは関係なく仕事を請け負う事もある。
 ナギはどういう関連で仕事が入ってくるのかは良く知らないが、ギルド――ナギが入っているギルドは『鷹目』とも呼ばれる――に入ってきた仕事を元締めであるホークスが割り振って、与えてくるのがいつものことだ。
 ナギとしては、仕事がもらえてギルドに住まわせてもらい、弟のリクが学校に行く事が出来れば何も文句はない。

 窓を開けて再び廊下に滑り込み周囲を見回すが、誰も居ないようだ。耳を澄ましても、足音は遠くに響いているだけ。
 窓の外に手を突き出してジャンを手招きし、中に入れる。

「行くぞ」

 声に出さずに口を動かして、廊下を進む。
 少し、予定の時間からは遅れているが、巻き返せば良いだけの話だ。
 見つかるよりも数百倍マシ。
 廊下を進み、曲がり角に張り付いて道の先に誰も居ない事を確認。手を動かしてジャンに合図し、通路の反対側へ渡らせて、二人で確認し合い角を曲がる。
 少し進んだ先、丁度本館三階の東側の角部屋。そこに位置するこの屋敷の主人の部屋。
 今の時間、ここの主人は奥部屋の引きこもって眠りについているはずだ。問題はない。
 ポケットに入れておいた針金数本を取り出し、ぐいと鍵穴の中に入れて少し上下左右に動かし、手ごたえがしたところで腕を捻るようにして鍵穴を回す。
 と、カチリ、と小さな音が扉から聞こえた。

 開いた。

 口の動きだけでジョンに伝えて、扉の脇に立つ。
 周囲に他の気配がないことを確認してから、そっとドアノブを回して、音がしないことを確認してから一気に扉を押し開けて中に入り、二人が入ったところで直ぐに扉を閉める。後ろ手で扉の鍵を閉めて、廊下の外で音がしないことを確認。
 ふぅっと息をついて、周囲を見回す。
 赤い絨毯の敷き詰められた広い部屋には、幾つもの大きな家具が置かれていた。
 黒塗りで外から差し込んでいる微かな光までも反射して輝いているそれらは、多分相当高いものなのだろう。その幾つかの家具の上に置かれた置物も……目利きではないので値段は良く分からないが、高いものだと思う。というかそもそも、そういった無駄な置物を買っている時点でナギ的には金持ち決定だ。
 まぁ、数年前に、リクが欲しそうに見ていた小さな置物を有り金はたいて買ってやった、とか言う思い出は棚の上辺りに置いておいて。
 広い部屋の奥に続く部屋に、多分ここの主人が眠っているのだろう。
 ホークスが寄越した情報でも、確かそういうことになっていたはずだ。

 * * 



「ま、俗に言う人売りだな。この街にいる孤児を親切そうに引き取って、高額で売り払う。こんだけおおっぴらにやっていて憲兵も捕まえられないって言うんだから、多分、買収でもしてやがるんだろ」

 ホークスの部屋は、いつも薄暗い。
 それは『鷹目』の奥まった所を自らの部屋にしている事もあるのだろうが、それ以上に、ホークス自身が明るいところに出ることを嫌うからだ。
 理由は、余り顔を見られたくないかららしい。
 そんなに気にするほどでもない、とナギなんかは思うのだが、ホークスの顔には、額の辺りから左目の上を横切って、顎の近くまで大きな刀傷がついているのだ。だから、外に出なくてはいけない時は黒っぽい帽子を被るし、そうじゃなくても長めに伸ばしてある前髪で、少しでも見えないようにしている。
 そういえば、五年程前に初めてリクがホークスを見たとき、その傷が見えて微かに怯えていたような。
 まさか、それが原因で傷を隠しているわけでもないだろうが。
 まあ、それはともかく。

 いつものように薄暗い部屋の中で、いつものように両肘を突いてつまらなそうに唇を尖らせているナギと、少し緊張しているようなジャンを前に、ホークスはそう説明したのだ。

「人売りっすか……で、制裁をってことですか」
「“制裁”なんて格好良いもんじゃないって言ってるだろう。ただ、もらうなら金のある奴からってだけだ」

 顔を顰めて言うジャンに、苦笑しながらホークスが答える。

「相手がどんな奴であろうと、盗みは盗みだろうが。そうである以上、」
「んなことどうでも良いけどさ」

 なんだかつまらない話になり始めたと思い、ナギがぴょこりと顔を上げて話を遮った。
 ホークスの、こういう説教じみた話は嫌いだ。何を言っているか分からないし、そもそも頭を使う事自体が好きじゃない。

「とりあえず、その、なんだっけ。じゅ、ジュベル? ジュエル?」
「ジュニエル」
「そ、それそれ。そこに行って宝石でも盗ってくりゃいいんだろ?」

 にこにこと笑いながらナギが言うと、ホークスは微かに呆れた表情になった。
 お前な、と文句を言われる前に、もう一度口を尖らせて
「間違っちゃないだろ?」
 と聞くと、そりゃそうだがな、とため息をつかれる。

「あーっ、何だよそのため息」
「呆れただけだ。お前、もう少し考えるってことは出来んのか」
「あ、それはリクに任せたから」
「馬鹿かお前は」

 にやっと笑みを浮かべながらいうナギに苦笑して、ぐしゃっと押さえつけるようにして頭を撫でる。
 どうも、まだ子供だった時にギルドに引き入れたからなのか、自分を含めたギルドの人間は、どうもナギやリクのことを子ども扱いしてしまう。
 まぁ、二人ともなんだかんだ言って、そんなに怒っている訳でもないからいいのだろうが。
 ぐしゃっともう一度強く頭を撫でて、ホークスは手を離し、それじゃあ、と話を続けた。

「決行は明日の夜。それまでに、ちゃんとこの辺理解しとけよ」
「おう。それじゃあジャン、よろしく」
「……ナギ」
「あはは、冗談冗談。ホークスもそんな睨むなって」
「これは素だ。ともかく、任せたからな」

 思わず半目になってため息を付きながらホークスが言うと、ナギは少しだけ真面目な顔になってからいつもの楽しげな笑顔に戻り、

「へーい」
 と声をあげ。
 一方で少し緊張が取れたらしいジャンは
「了解っす」
 と苦笑しながら言ったのだった。

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