咎人達の輪舞(4)  



 弾む息を抑えながら未だ明かりのついている……というか、『鷹目』がアジトにしている宿舎の一階は、夜中に明かりが消えることはほとんどないのだが……宿舎の扉を開く。

「ただいまぁ」

 左腕が見えないように少し気をつけながら、宿舎の中に入る。明るいランプが幾つも天井からぶら下がっている中、大きなテーブルについて酒を飲んでいた数人の男が、
「よう、遅かったな」
 と楽しげに笑いながら言ってきた。
 どうやら、既に出来上がっているらしく、妙にテンションが高い。げらげらと笑って「さっさと奥行ってやれよー」と言い、ジョッキを持った片手でホークスの部屋の方を指す。
 それに、ああ、と小さく頷いてから、
「っていうか、ロイもデュークも飲みすぎ。少しは加減しとけよ」
 何本も転がっているビール瓶を見て苦笑しながら言うと、名前を呼ばれた二人はげらげらと楽しげに笑ってわかってらぁとかなんとか答えた。
 全然わかって無さそうだが。

 雑然と置かれた大きなテーブルと酒瓶と椅子とを避けて部屋の奥へ行き、一気に薄暗くなる廊下を通った先、ホークスの部屋まで来る。怪我をしている左腕を後ろにして右手でドアを開けながら、「ホークスー?」と呼びかけた。
 が、反応をしたのはホークスではなかった。

「あ、兄貴っ!」

 声がして、即座にリクが目の前に現れる。
 明るい部屋ではないから少しだけ目を細めて、その姿を認識し、思わず苦笑に近い笑みを浮かべた。
 ナギがここを出る時は既に眠っている事を確認したから、夜中に階下の騒ぎか何かで起き出して――『鷹目』の人間が酒に酔って騒ぐ事は良くあることだった――、俺が居ない事に気がついたのか。
 基本的に、仕事に行く時は教えている。教えないのは、少なからず危険を伴う時だという事を理解しているのだろう。

「なんだ。リク、寝てなかったわけ?」
「な、なんだよその反応はっ! 人が折角心配してっ!」

 にやっと笑みを浮かべて言うと、それが見えているのかいないのか、リクはじたばたと手を動かして反論してくる。
 それに、思わずにやぁっと笑った。ナギの顔を見て、リクはびくっと動きを止めて気持ち悪そうにこちらを見返してくる。

「なんだよ、その笑い。気持ち悪いな」
「いやぁ、リクが心配してくれたのがさぁ。嬉しいなーって思っ……」
「アホかっ!」

 すぱんっと、勢い良く頭をはたかれた。

「だ、誰が心配なんてするもんかこんの馬鹿兄貴っ! んな気持ち悪い笑みを浮かべるな、にやにやすんな馬鹿が露呈するっ!」
「……さり気無く酷いこと言ってないかお前」
「事実だ事実っ! 言われたくないならも少しマシな方法取れよ!」

 一瞬何のことかと思ってジャンの方をちらりと見て、肩をすくめた様子から話をしたのか、と悟る。

「ちょっと兄貴、聞いてるっ?」
「聞いてるよ。でも、他に方法思いつかなかったし、しょうがないじゃん」

 ぱたぱたと手を振りながらリクの横を通って、ジャンの近くにあった椅子に座る。
 少しだけ背中に痛みが走ったが、それは無視した。痛そうな顔をすれば、リクに心配される。
 そのリクは、兄貴、と怒ったように言いながらナギを追いかけて、その隣の椅子に座った。

「ちゃんと考えたのかよ? 遠くに石でも投げて音を立てるは当然として、ちょっと小火騒ぎでも起こせば二人が逃げるぐらいの隙は直ぐに出来るでしょうが」
「……いや、小火騒ぎはバレ」
「何がばれるって言うんだよ。どうせ侵入したのはばれてたんだから、囮やるよりはよっぽど安全だと思うんだけど。ねぇ、ホークス」

 突然リクに話を振られて、少し驚いたホークスは直ぐに失笑して、そうだなぁ、と小さな声で呟いた。

「ちょい、ホークスっ!」
「囮よりは安全だろうよ、ナギ。まあ、良いとは言わんが悪くもないさ」

 腕を組みながらそう言って、ホークスはそれより、と机の上に肘をついてリクの方を見る。

「リク、お前もし……」
「ホークスっ」

 名前を呼ぶことで語気鋭く言葉を遮り、ナギはホークスを睨み付けた。それに苦笑というか失笑をして、冗談だ、とホークスは言葉を発する。
 いつもこれだ。ホークスは多分半ば本気、半ば冗談でリクを仕事に引き入れようとしている。ホークス曰く、リクの頭をこの仕事に使わせないのはもったいない、ということらしい。
 一方リクはリクで、ナギにばかり仕事をさせたくないと思っている節があるので、ホークスに「仕事、やってみるか?」と問われれば簡単に同意するだろう。
 それはイヤだ。
 リクには、自分の好きなことをして欲しいと思う。
 だから、時々リクが行きたいと零していた学校へと行けるようにしているのだ。仕事をすれば、体力的時間的に学校へ行くことは出来ない。それが分かっているから、絶対に仕事をやらせるわけにはいかなかった。

 ホークスが何を言おうとしたのか、リクには分からなかったらしい。少し不思議そうな顔をしてナギとホークスを見比べていたが、小首を傾げるにとどめて、聞き返そうとはしなかった。
 というか、リクは寝るつもりはないのか。
 まぁ、明日は休みだし、リクも自分を気にしてのことなんだから、今日は別に良い、か。
 そう思いなおして、で、とホークスの方に向き直る。と。

「んで?」

 聞かれた。

「何だよ?」
「何だよ、じゃないだろ。背中。後、左腕だな?」

 言われて、ナギがうっと詰まる。と同時にリクが直ぐに反応して、くぃとナギを引っ張って立ち上がった。

「ちょい、リクっ? 俺、まだ話しあ」
「怪我してんなら治療が先だよ、兄貴。話なんて後でも出来るだろ」
「そらそうだけど」
「なら、文句言うな。ほらっ」

 リクに引っ張られて立ち上がり扉の方に引っ張られながら、ナギは少し振り返って、すまんというように顔の前に右手をやった。

「リクー、怪我人をそんなに引っ張るのは」
「そういうなら無理するなよ、馬鹿兄」
「馬鹿いうな馬鹿リクっ!」
「言われたくないなら、そんな怪我を我慢するなっていうか怪我するなっ!」
「……むー」

 むくれたナギの声と少し怒ったようなリクの声が遠くに消えていく。
 なんだか、最近はリクの方がナギに口で勝っているように感じる。
 というか、最近はリクの身長も伸びてきて早くも成長速度が落ち始めたナギは追い越されてしまったし、体力的にならともかく筋力的には同じぐらいか、体格的にはリクの方が勝っている――というか普通なのだが――だけにもう少し上かもしれない。
 昔はナギがしっかりしていてリクがそれに頼っているという感じだったが、それもなくなってきているし。なんだか、兄の威厳というかそういうものは、あまり感じられなくなってきた気がする。ナギはそれでいいのだろうか。
 そんなことを思いながら、ジャンはようやく、帰ってきてから初めてマトモにホークスに向き直った。

 一人で帰って来てホークスの部屋に行くと、誰からナギの仕事を聞きつけたのか、すぐにリクに捕まった。
 何で一人なんだ、兄貴はどうしたと詰め寄られ、助けを求めようとしたホークスも助けるつもりは少しもなく、外で飲んだくれている奴らは見世物ぐらいにしか思わないだろうし、仕方が無いとナギが囮になってくれたと話したのだ。
 そうすると、それはそれで予想通り大変で。
 先ずは感情的に怒鳴られて、それが落ちついたと思ったら今度は、どうして他の方法を思いつかなかったのか、いや自分なら前もって外にもう一人ぐらい置いといて何か音でも立ててもらえるようにして、などと計画の粗末さを指摘しつつナギを置いてきた事をなじった。
 それから、ホークスに対して何とか助けを、とリクが聞くと、ホークスはホークスで冷静に怒っていたらしく、遠まわしにジャンにそれを伝えてから「悪いな」といったのだ。

「リク、今すぐここから人を出せば『鷹目』が関わってるって洩れるかもしれない。だから、直ぐには動けん。分かるな?」

 言われて、リクはちらりとジャンを見てから、うん、と小さく頷いたのだ。
 こういうところは、物分りが良い。
 ぷしゅんと落ち込んでしまったリクに苦笑して、
「逃げるだけなら大丈夫だろ。まあ、兄貴を信じて待ってるんだな」
 とホークスが言って。
 発言しようにも出来ない奇妙な沈黙を保っていたところに、ようやくナギが帰ってきてくれたのだった。正直、色々な意味でかなり安心したが。

「報酬はいつも通り、こっちで分けるぞ。それでいいな?」
「へい」

 頷いて、持っていた宝石の袋を机の上に置く。
 ホークスはその袋を開いて中身を確認した後、しかしな、と言葉を続けた。

「ナギの話を聞かなきゃ確証は持てないがな。お前の話を聞く限り、調査してた時よりも護衛が多かったみたいだが、どう思う?」

 言われて、ジャンは少し考えた後に小さく頷いた。
 それを見て、ホークスは不機嫌そうに唇をひん曲げる。

「だろうな。苦手苦手と言いつつ、ナギの奴は罠解除は失敗しない。それなのに囲まれたってことは、最初っから盗人が入ってくるって分かっていたんだろうな。だから、入るのを待って周囲を取り囲んだ。お前らが途中遭った、時間外の見回り。これも、そうだろう」

 いいながら、ちらりとホークスがこちらを見た。
 彼らのギルドは、元締めによって名前が変わる。
 鷹の目。
 ホークスの名前は偽名だそうだが、それもこの、眼光の鋭さからついたのだろう。獲物を狙う狩人の目。
 それが、これだ。

「……あの、ホークス?」
「情報が洩れたんだ。そうとしか考えられん」

 言われて、ぞくり、と背筋に寒気が走った。

「じゃ、じゃあ、内通者が……?」
「さあな。しかし、こういう情報は高く売れるし、俺達を恨む奴らも結構居るはずだしな。あっても、おかしくはない」

 そうだろ、といわれて、ジャンは曖昧に頷いた。
 確かに、『鷹目』も、その前身である『双頭』も敵は多い。
 彼らの受ける仕事が多岐に渡っていることも原因の一つではあるが、それ以上に、『鷹目』に似た仕事をしているギルドは他にも幾つか存在しているのだ。だから、そういうったギルドとの抗争になることもある。
 ホークスになってからは、そういった抗争を出来る限り避けるようにしている為に、余り目立った動きはないが、時々、下っ端が喧嘩を吹っかけてくる事もあるのだ。
 だから、ホークスの言う可能性も否定できない。

「け、けど、そうじゃない可能性も」
「ないとは言わんさ。しかし、今日になって突然護衛を増やすってのは、とんだ偶然だとおもわないか」
「そうっすけど……」

 言って、少し俯く。
 なんだ、それじゃあホークスは俺たちを疑っているのか。
 そういうことなのか?

「勘違いするなよ、ジャン。俺は仲間を疑ったりはしない。ただ、情報が洩れたのは確実だ。それだけが、事実。分かるな?」

 分かる訳ない。
 仲間を疑っているというのと、何が違うと言うのか。

「いいか、ジャン。俺は今、お前にだけこれを話した。他の奴に話すつもりはないし、お前も絶対に口にするな。表情にも出すな。疑いも持つな。いいな」
「……ホークス、お、俺」
「答えはイエスかノーだぞ。無用な混乱は生みたくないしな」

 言って、背を預け、腕を組む。
 目は、見えない。
 少しだけ、寒気が遠のいた気がした。

「分かりやした。誰にも、言いません。誓って」

 ジャンが言うと、ホークスは少しだけ視線を上げてこちらを見た後、そうか、とだけ答えた。
 そして、出て行け、と言わんばかりに軽く手を振る。

「じゃ、失礼します」

 椅子から立ち上がり、ジャンが外に出た。
足跡が遠ざかり、大部屋に入ったらしいことを確認。
 ふぅ、と息をついた。
 後は……なるようにしかならない。

「……いい加減、寝るか」

 もう直ぐ、夜明けになるが。
 苦笑しながら立ち上がり、ホークスは部屋の奥に設置してあるベッドへと向かった。

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