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咎人達の輪舞(5) 正直、この人は苦手だった。 というか、この人達というべきなのか。だって、そもそも見分けがつかないではないか。 呼びかけるのに困るのだ、かなり。 「えぇっと……マリー?」 二分の一の確率だ。多分キット当たる。 そう思いながらナギがその老婆……横幅が広くてでっぷりとした老婆に向かって声を掛けると、その老婆はぴくり、と眉を動かした。そして、威嚇するようにこちらを見下ろしてくる。 老婆の白い二本のお下げが、重力に逆らって立っているように見えた。 「兄貴、こっちはローズさんだよっ」 ナギの直ぐ横に立っていたリクが、耳元に囁いてくる。 それに対してナギもまたひそひそ声で。 「ンなのわかんねーよっ! 見た目一緒じゃんか」 「そんなことないって! 良く見れば全然違うよ?」 「どこがどう違うってんだよっ! リクの目、おかしいんじゃないかっ?」 「兄貴の目が節穴なんだろ! もしくはちゃんと注意して見てないんだ」 「良く見てもわかんねぇっ!」 「だから注意が足りないんだよっ! 二人とも全然違うってばっ!」 「ほう。どこがかね?」 予想外に声がでかくなってきてしまったらしい。 二人の言葉が聞こえたのだろう。ぬっと顔を突き出して、老婆――リク曰くローズの方が――聞いてきた。 ローズとマリーは双子の姉妹だ。 二人ともこのギルドにおいて手当てや料理を担当していて、他に数人いる女性陣のまとめ役となっている。それも多分当然の成り行きで、彼女達は『双頭』の元締めである双子と結婚していたのだ。ローズが双子の弟と、マリーが兄の方と。 正直、その時にこのギルドに居た人は困ったんじゃないかと思う。だって、『双頭』の二人は既になくなっているから見た事はないが、ローズもマリーも本当にそっくりで見分けがつかない。少なくともナギが『双頭』の全盛期にいたならば、混乱をきたしていたことは確実だ。 昔は美人だったらしいが、今は見る影もない見事な老婆に仕上がった双子の片方に聞かれて、リクは彼女の方を見上げた。 でかい。 確かこの老婆、百七十ぐらいはあるんじゃなかったか。 「ローズさんは知性的、マリーさんは柔和な表情だね。目じりの辺りが一番違う、かな」 リクの言葉を聞きながら、ナギは軽く首を捻る。 知性的? 柔和? どっちもどっち、両方ともただの婆さんだと思うのだが。 しかし、ローズ(?)の方はそれでかなり満足したらしい。にんまりと笑みを浮かべてリクの事を見ると、良い目だね、と言ってきた。 「あたしがもう六十ぐらい若かったら、旦那にしたい所だ」 「いや、俺にローズさんはもったいないよ」 リクに言われて、ローズは更に楽しそうな笑みを浮かべた。 っていうかリクも、どこでそんな台詞を覚えてきたんだろう。 俺、そんなの教えてないのに。 「そんなに言われちゃ叶わないね。さあ、ナギ。あんた怪我してるんだろ、さっさと来な」 言いながら手を伸ばしてきたローズ――リクの言葉に怒らなかった、ということは本当にそうなのだろう。未だに分からないが――から、逃れる。マリーならともかく、ローズの治療は手荒い、というか業と痛くしているんじゃないかと思う。 ローズ曰く、男ならそれぐらい我慢しなさい、である。妹のマリーが、出来るだけ痛くないようにね、と言ってくれるのとは大違いだ。 「い、いやぁ、自分で手当てできるし。な、リクっ!」 「兄貴、やっぱここはプロの手当てを受けないと。脊髄まで負傷していたら危険だよ」 まあ、こんだけ動いてるんだからありえないだろうけどね、と頭の中だけで付け加える。 それでもリクは、ナギの右腕を掴んで逃れられないようにして、ぐい、とローズの方に差し出した。 「リクーっ!」 「じゃあ、ローズさんお願いします」 「はいよ」 「リクの馬鹿、裏切りもんっ」 「んじゃ、俺向こうで待ってるから。頑張ってね、兄貴」 「うわーん、リクの馬鹿ーっ」 兄貴の悲鳴(?)を尻目に、治療室と呼ばれるこの部屋の扉近く、壁に寄り掛かって座り込む。 そして、小さくため息を付いた。 なんとなく、ナギがこうやって怪我をして帰ってくると不安になることがある。何故なら、兄貴とは呼んでいるものの自分とナギとは、血が繋がっていない。赤の他人だ。 リクは余り、というかほとんど覚えていないのだが、昔、自分達が昔住んでいた町なのか村なのかは戦渦に巻き込まれてしまったそうだ。廃墟となったその中で、泣きじゃくっていたリクをナギが拾った。 その時、混乱していた自分がナギの質問に答えられたのが、名前が『リク』であるということぐらいで。 だから、正直自分の年齢だって分からない。一応現在は十五歳という事にしているが、兄貴がリクを拾った時に三つぐらい下だろうと思っただけなのだ。 だから、いつも不思議に思う。 兄貴には、こうまでしてまで自分を養う理由はない。放っておいても良いのだ。 もう十五にもなったんだから、わざわざ学校になんて行かせないで、働かせればナギもそんなに働かなくていいのに。 実際、リクだって何度も言っているのだ。 俺も働く。だから、兄貴はもっと楽にしてよ。そうすれば、もっと好きなことできるじゃないか。 何度言っても、ナギは笑いながら首を振るのだ。 俺は働くの好きだから、別にいいよ。 それに、リクは俺よりも頭良いんだし、もっと別のことできるだろ。勉強だって好きだって言ってたじゃん。 折角それが出来る環境に居るのにさ、それを無にすることはないって。 良く分からない。俺に気を使ってそう言っているのか、それともこれがナギの本音なのか。 けど、それを聞くことも憚られた。 「お前、一人? とーさんやかーさんは?」 座り込んで泣きじゃくっていた自分と視線を合わせて、ナギがそう聞いてきた時の事は、まだ良く覚えている。 その前後の事は少しも覚えていないが、誰も居なくてすごく怖かったという記憶はある。その状況で、ナギが声を掛けてくれたことにすごく安心した事も。 「そう泣くなよ。えぇっと、そうだ、名前は? あ、俺はナギ。ナギって言うんだ」 「……な、ぎ?」 「そ。ナギ。お前は?」 「……りく」 「リク? リクかぁ。良い名前だな」 そう言って俺に向かって笑顔を見せて。あの時は兄貴の方も辛かったはずなのに。 もしかしたら、ただ泣いていた自分を慰めようと、必死になっていたのかもしれない。 「んで、えっと、だから……。あっ、そうだ。俺も一人なんだ。だから、俺がお前の兄ちゃんになってやる」 「……兄ちゃん?」 「そ。俺がお前の面倒を見てやるよ。だから、そんな泣きそうな顔すんなって。笑ってろ。そうすれば、良い事あるよ。なっ」 言って楽し気に笑ったナギを驚いて見詰めていると、ナギは少し困った顔をした後に、力強く、ぐしゃぐしゃとリクの頭を撫でた。それでようやく、リクは少しだけ笑えたのだ。 本当の兄弟なら良かったのかもしれない。 血が繋がっていなくても、少し、ほんの少しでも似ていると思えるような部分があれば安心できたのかもしれない。 明るく柔らかい茶色の髪と瞳をしたナギは、小柄で、未だに可愛らしいという雰囲気が抜けない。一方で黒い髪と瞳を持っていて、比較的端整な顔立ちをしたリクは、ナギとは見た目も身に纏っている雰囲気も全然違う……と自分では思う。 だから、違うと思うのだ。 俺とこの人とは、血が繋がっていない。少しも似ていない。関係ない。 俺を助ける義理も、ない。 俺が兄貴を心配するのは、穿った見方をすれば、自分の為だと考えることも出来るのだ。でも、兄貴は違う。俺に対して何かした所で何一つ得することはないのだ。 それ故、か。 小さい頃はしばらく忘れていた、血が繋がっていないという事実を確認しても、俺はナギの事を兄貴だと呼び続けるのだ。 それは多分、この繋がりが消えてしまいそうだと思うから。 過剰に兄を心配するのも、それが理由。 そうすることが、自分とナギとの繋がりを確認させるから。 でも本当にそれが理由だとしたら。 「あーもう、少しぐらい気遣いしてくれっつーの。乱暴過ぎなんだよ、あの婆さん。なぁ、リクもそう思うだろ?」 顔を伏せていた所に突然離しかけられて、思わずびくり、と過剰な反応を見せた。 不思議そうな顔を向けられて、思わず曖昧な笑みを見せる。 「どうかしたのか、リク? 顔色悪いぞ?」 「……それを言うなら、俺よりも兄貴でしょ」 答えて、立ち上がる。 そんなことないぞ、今日はまだ楽だったし。 そう言いながら自分を気遣うような兄を見て、思わず苦笑する。 なんだって。 なんだってこの人は、いつも、こんなのなんだ。 そう、思う。 「リク。お前、やっぱ疲れてるんじゃないか? なんか変だぞ」 「そんなことないよ、平気だって」 首を傾げるナギにそう答えて、ほら、早く行こうと促す。 兄は少し不審そうな顔をしたものの、もう一度「早く」と促すと、少し眉を顰めてから、わかった、と治療室から出た。 それを見送ってから、思う。 でも、もし本当にそれが理由なら。 「おーい、リクー?」 「……今、行くってば」 俺は、最低じゃないか。 続 |
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