矛の誓(2)  



 何度も考えた。

 しかし、何時までたっても、母さんが死んで、じい様が死んで、父さんが死んでしまった今になっても、僕にはその理由は分からない。しかし、多分、大した理由ではないのだろう。
 母さんの答えがあまりに平凡すぎてつまらなかったとか、記憶するに値しないような内容だったとか。どうせそんなことだ。
 深く考える事はない。しばらく考えた後にはいつもそういった考えにいたり、僕は、それを追及するのをやめるのだ。

 母さんが死んだのはとても早かった。
 父さんよりは絶対に長く生きるだろうと思われていただけに、皆驚いた。

 事故だった。
 既にかなりの年になってしまったじい様の、そして体の弱い旦那の代わりとなって『ピック』の仕事に向かったのだ。そして、他のギルドの人々を逃す為に、自ら犠牲になった。
 コレは事故だ。本当はそんな予定じゃなかった。もっと安全に遂行されるはずの計画だったのだ。
 だから、事故だ。

 コレは事故なんだ。

 だから、しょうがないのだと思う。
 天命だ、とじい様は言っていた。その意味は良く分からなかったけれど、じい様がそう言うのならば、そうなのだ。
 涙こそ零さなかったものの、悲痛そのものの表情で横たわる母さんの死体を撫でる父さんを横目に、僕は泣かなかった。泣きそうにもならなかった。辛くなかったわけではない。しかし、泣けば自分の弱さを露呈すると思った。父さんのように死んだ母さんにすがる事も、自分の情けなさを露呈させるだけだ。
 だから僕は、じい様の隣になって、毅然とした態度で、背筋を伸ばして、ずっと立っていた。土に埋められていく母さんを、じっと見詰めながら。

 それから、だった。

 『ピック』には少しずつ、ほんの少しずつではあったが亀裂が入っていった。
 じい様に見えなかったはずがない。父さんにも見えていたはずだ。
 それなのに。

「オレは、この地位をお前に譲る。いいな、これからはお前がここの元締めだ。クルト、お前は父さんを支えろ。お前の父親は、分かっているだろうが、どうしても体が弱い。素質はあるんだがな、それはどうしようもない。だからクルト、お前が支えるんだ。いいな」

 突然だった。少なくとも、僕にはそう思えた。
 決定的な、破滅の瞬間だと、そう思えた。

 父さんよりも優秀な人間は数多く居た。
 父さんは公然と、あっさりとそれを認めて、その人達にもこのギルドの運営に力を貸してくれるように頼んだ。じい様が元締めだった時には考えられない事だったが、皆、そしてじい様も黙ってそれを見守っていた。じい様が何も言わない以上、僕も何も言わなかった。
 それから、父さんが元締めモドキをすることになったのだ。
 でも、知っている。僕は気が付いていた。

 父さんはこのギルドの傀儡なんだ。何かがあれば責任を取って死んでいく。どうせ病気があって長く持たない。だから、その役目に付くべきだ。
 そういった、皆の、そしてじい様の判断だったに違いない。
 だって、そうじゃないか。
 じゃなかったら、じい様は何だってあんなに早く、元締めの地位を父さんに譲ったんだ。
じい様は元気だった。
 まだまだ現役でいけたはずだった。
 それなのに、元締めの地位を父さんに譲り、自分は高みの見物とした。いや、多分、僕の知らないところで裏手に回っていたのだろう。そうじゃなきゃ、父さんがあそこまでうまく『ピック』を回せたとは思えない。

 しかし、そのじい様も死んだ。
 寿命だった。

 それが、二年前。
 じい様の側近が『ピック』から抜けて、力が衰えた。

 父さんは必死になって、それで、ホークスなんかと友好条約なるものを結んだのだ。父さんの側近は無能だったから、それを支持した。
 その判断の誤りを知っているのは僕だけだったのだ。
 それでも、僕はあの中では力を持っていなかった。
 力を持っていたのは、いや、そう見えるようにされていたのは傀儡であるはずの父さんだった。だから、僕はその誤りを指摘するものの、何も出来ずに居たのだ。だから、この『ギルド』はどんどん腐敗していった。どうしようもなかった。

 じい様は、どんなに嘆き悲しんだだろう。
 母さんなら、皆を叱咤激励したことだろう。

 そして僕は。

 父さんが死んだのは二ヶ月ほど前だった。
 元々体の弱かった父さんのこと、何時死んでもおかしくなかった。それで、僕が。まだ若干二十歳である僕が、『ピック』の元締めとなったのだ。

 僕は新しく自らの側近を選び、若々しく、活力のある『ギルド』を作り上げる事にした。
 その手始めに、まずは。
 父さんがやった過ちを正そう。
 『ピック』は矛だ。力だ。
 強く、鋭く、皆を守る存在だ。

 それなのに、父のやり方は違っていた。強くなかった。鋭くもなかった。皆を、守りきる事もできなかった。

 だから僕は。
 父が犯した、この過ちを正すんだ。
 この崩壊を止める。
 僕達の『矛』を何時までも誇り高く、強く、鋭く、輝き続ける存在に戻す為に。

 じい様と母さんが居た、あの時代に戻す為に。


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