日常と非日常の間(2)  



 学校の友達とは毎日話していることだった。

 今は進路決定の時期で、学校の先生にも早く進路希望を決定しろと促されている。学校で一、二を争うほど成績の良いリクだから、先生にも他の生徒にも妙な期待をされているし、ナギも進学を望んでいるのは知っている。

 しかし、それは気が進まなかった。
 何てことはない。やりたい事が分からないのだ。

 自分が今一番に望んでいるのは、兄貴の役に立つ事。
 ずっと苦労をかけっぱなしで、何も返すことが出来ていない。だから、少しでも役に立てるようになりたい。
 自分は兄貴と違って運動神経があまり良くない。だから、同じ仕事をして手伝うということも、昔はそれを考えていたが、多分無理だろう。
 そしたら、自分はどうすればいいのか。
 何をすれば、兄貴の、それに出来るなら皆の役に立てるのか。
 それが分からない。

 兄貴に話せばそんなことを気にするな、というだろう。

 リクがやりたい事をやればいい。それで幸せだって思える状況になってくれるなら、俺はそれで満足だから。

 分かりきった答えだった。ホークスも、似たようなもんだ。
『鷹目』の中で、兄を除けば最も年の近いジャンなら、少しは分かってくれるかと思った。彼に話したのは、そういうことだった。
 何かをしたいのに、何をすれば良いのか分からない。
 まあ、それを言っただけで、何か答えをもらったわけではないが。

 自分で答えを出したい。
 それで、兄貴の役に立ちたい。こんなことで、兄に心配させたくない。
 だから、話したくなかった。
 それでも、当然のことながら、ナギはそれを知らない。
 そもそも、進路希望を出さなければいけないということも知らないのだ。
 故に、なのか。

 自分よりも少し身長の低くなってしまったナギがこちらを下から覗き込むようにして、聞いてくる。

「ならいいじゃんか、話せよ」
 話せるかよ。
「リクー?」
「……や、また今度」
「あーっ! やっぱ何か隠してるんだ」
「そうじゃないけど」
「嘘だ。目が泳いでるじゃんか」
やっぱり鋭いな、と思いつつも、リクは言葉を紡ぐ。
「っていうか、兄貴も今回はやけに食いついてくるね」
「そーかぁ?」
「そうだよ。いつもは、そんなにしつこくない」
「んー。どうだろう。今日、変な夢見たし」
「……夢?」
「そう……って、話逸らそうとしてもダメだからなっ!」
「や、自分で逸れたんだからね。俺のせいにしないでよ」
「そ、そりゃそうだけどっ!」

言い返して、むっと顔を顰めて、ぐいとカップの中身を飲み干す。リクも残り少なくなった果汁を飲み干して、二人分のカップをゴミ箱に捨てた。

「じゃあ、いいよ。今度、絶対に話せよ」
「ああ、分かってる」

 少し怒ったように言うナギに答えて、再び大通りに出、しばらく歩いたところで。

「……げ」
 思わず、立ち止まった。
「リク、どうかしたのか?」

 突然立ち止まったリクを見上げて、きょとんとした表情で聞いてくるナギ。しばし凍結していたリクだったが、直ぐに立ち直ると、いや、と小さく声を出した。

「あ、のさ兄貴。ちょっと、向こうまわって帰ろう」
「は? だって、こっちの方が近いじゃんか。なんで遠回りすんだよ」
「いいから。っていうか理由は後で話すから。な、マジで頼むってば兄貴っ」

 珍しいな、と思う。
 リクは理屈に合わないことはしないから、多分向こうに行きたくない理由が何かあったのだろうが、何かあっただろうか。野良犬が一匹居たのは目に付いたが、他は普通の人だったし、リクは別に犬が嫌いなわけでもないのだが。

 そう考えながらも断る理由もないので、
「ん……別に、いいけど……」
 と答える。するとリクは妙に慌てた様子でナギを促した。

「じゃあ、さっさと行こう。早く帰ろうよ、うん」
「?」

 不思議そうな顔をしながらもリクに従って方向転換したところで、

「あー、やっぱりリク君だっ」

 後から、声を掛けられた。
 振り返って見ると、学生服を着たまあまあ可愛らしい顔をした少女が居て、リクはげんなりした表情で肩を落としていた。ぼそっと、多分少女には聞こえないだろう微妙な声で、最悪、と小さく呟く。
 なるほど、と少しだけ納得した。

「ね、リク君、どうしたの。なんでこんなところ居るの?」
「……別に。お前には関係ないだろ」

 片手で額を押さえながら軽く頭を振り、ため息を付いたリクが少女を避けるようにしながら答える。
 腕に触ろうとした少女の手を振り払い、くっつくな、と疲れたような声で言うと、少女は「相変わらず冷たいなー」と言って屈託なく笑った。
 悪い人じゃない。
 というか、リクのことが好きなのだろうか。リクに少しでも触れようと試みているらしいのだが、適当にあしらわれてしまっている。

 ……っていうか、俺、忘れられてない?

 付き纏う少女を鬱陶しそうに見て、追い払おうとしているリクの服を、横からくぃっと引っ張った。それでようやく、リクがこちらを向く。

「リク、こちらさん誰? 友達?」

 ナギに聞かれて、リクは、ああ、と小さく声を上げた。
 ようやくナギに気が付いたらしい少女も、リクの横からひょこり、と顔を出してこちらを見る。

「ユフィって言うんだ。ただのクラスメートだよ」
「何だ、彼女じゃないのか」
「ひどっ! ただのクラスメートって何よぅ」

 微妙につまらなそうに言うナギと、リクの言葉に唇を尖らせるユフィ。それを見て、だからなんでもないからさっさと帰ろうと、そう言おうとした時だった。
 直ぐに気を取り直したユフィが、それで、と言いながらナギの事を見、リクを見上げた。

「この人は誰? あ、もしや、リク君の恋人さんっ?」

 大仰に驚いた仕草をしながら聞くユフィに、思わず固まる。
 しかし、一方でナギはくっと噴き出してそのまま笑い出した。  ばしばしとリクを叩きながら笑うので、思わず眉を顰める。

「……ちょい、兄貴」
「え。いやー、だってそうくるとは思わなくって。あははは、あー、やばい、腹痛ぇ」

 まだ笑いを抑え切れていないナギにため息を吐いて、リクはようやく、ユフィ、と声を掛けた。

「よかった、その反応は違うみたいね」
「当たり前だっ!」
「だって、リク君って、私にも他の子にも全然興味示さないじゃない。恋人でも居るんじゃないかって噂もあるんだよ?」
「……だからって今の質問はないでしょ」
「うん、私もまさかな、とは思ってたけど」
「なら言うなよ」

 言って、ため息を吐く。
 そして、ようやく笑いが収まってきたらしいナギを指差して、言葉を続ける。

「ついでに言うと、コレはナギ。俺の兄貴」
「あー、ひでぇ、コレって何だよっ」
「嘘っ! 全然似てないっ!」

 リクの言葉に抗議した直後、ナギは直ぐにユフィに向き直って

「いや、そんなことないぞ」

 と言い、多分同じぐらいの身長であるユフィに対抗してなのだろうが、少し背伸びをして彼女に指を突きつけた。

「ほらちょっと目の辺りとか似てない?」
「えー、リク君の方がもっと格好良いですよー」
「うーん、そうかあ? あ、でも、性格とかは結構似てるぞ」
「本当ですか?」
「そうそう、俺ら心優しいから。な、リク」
「……知らんよ」
「あはは、でも、確かに兄弟って感じかもしれませんね」

 リクの言葉にユフィが笑って言い、でも、と言葉を続ける。

「ナギさんの方が弟って感じです。身長の問題かな?」
「わー、人が気にしている事に触れるなっ! んなこと言うと、いいこと教えてやんねぇぞっ!」

 むっと怒ったように言うナギに、ユフィが慌てて、すいません、何ですか、と食いついていく。

「へっへっへ、実はですねお嬢さん、このリクはあんまり、人に触れられるのが好きのではないのですよ」

 どこの悪徳商人だ。
 そう突っ込みたくなるような口調になって、ナギがユフィに近寄ってあまり小声にするつもりもないのだろうが、ひそひそとしゃべりだす。
 が、言っている事は全て聞こえた。

「ふん、それでそれで?」
「最初のうちは、やはり話しかけるだけに留めるべきですな。そして、慣れてきた辺りで触ってみる、と。ほら、どこぞの捨て犬と同じですよ」
 俺は犬と同じかい。
「なるほどっ! それは参考になりますっ!」
「ふむ、それからだね、お嬢さん」
「……兄貴」
「リクは甘いものがあまり好きじゃないんですな。少し苦いのとか渋い味の菓子が好きなんで」
「あ、わかる。そんな感じっ!」
「ほう、それではこの情報はいかがで」
「おいこら馬鹿兄。いい加減にしろ」

 ナギの言葉を遮って言うと、ようやく、兄は楽しそうに笑ってリクの事を見た。

「いやぁ、つい」
「つい、じゃないだろ、ついじゃ」
「え、それじゃあ今の話って嘘なんですか?」
「ん? いや、教えたのは本当だよ。悪いね、こいつ、あんま人付き合い得意じゃないみたいで」
「いーえー、そこがまた良いんですよー」
「あ、そうなの? 良かったな、リクっ」
「なんつうかもう、お前らいい加減にしろ」

 思わず額を押さえてリクが呻くと、ナギは軽く手を合わせ、ユフィは少ししょんぼりとした。
 それでも、直ぐに立ち直ってしまうのがユフィだ。

「ねね、リク君。私、結局まだ質問に答えてもらってないよ?」
「……ん?」
「なんでこんなところ居るの? あんまり、人ごみとか好きそうじゃないけど」

 流石に、ナギに言われたからなのか、先程のようにくっついてこようとはしなかった。微妙な距離を保ったまま、聞いて来る。これを狙っていたわけではないだろうが、少しだけ兄に感謝した。

「あー、野暮用。むしろ、なんでユフィがここに居るのさ。お前の家、この辺なの?」

 大体、学校に行けるような子供達は、両親が貴族だったり商業で大成功を収めたりしている人が多い。
 だから、歓楽街に近いこの辺りに住んでいる人は、あまり、というかほとんどいない、と思っていたのだが。

「ううん、もうちょっと北だけどね。でも、この通りって色々見てると面白いじゃない。だから、良く来るんだ」
 楽しそうに笑っていうユフィに、少し眉を顰める。
「危険だよ、もう直ぐ日も暮れるし。あんま、一人でうろつかない方がいいんじゃないの?」
「平気よ。私みたいの襲っても、何もいいことないもん」
「そう言ってる奴が狙われるんだよ?」
「大丈夫よ。護衛術だって、少しは使えるもの」
「……まあ、用心するに越した事はないから」

 あまり言っても聞かないだろう、と思い、そう締めくくると、そういえば、とユフィが直ぐに話を続けた。

「リク君、結局、進路……」
「あー、ちょっと」

 待って、と言おうとして、ようやく、兄が居なくなっている事に気が付いた。

「ナギさんなら、なんか向こうに行っちゃったよ?」

 気を使ったのだろうか。ありがたくともなんともないが。
 そう、と答えて、もう一度ユフィの方に顔を戻した。

「まだ、決めてないよ。それを聞きたかったんでしょ?」
「うん、まあ……そう、なんだ。でも」

 心配そうに言って来るユフィに、少し苦笑した。
 そして、分かってるよ、と言葉を続ける。

「提出期限までには、決めるつもりだよ。……進学するかどうかは、別の問題だけど」
「そんなぁ。リク君、頭良いのに」
「良くないよ。ただ、必死なだけ。それに、それだけじゃ進学できないし」

 そう続けてから、何を言ってるんだ、と思った。
 ユフィに対してそう言った所で、困らせるだけだ。心配してくれるのは嬉しいが、そうされるのも、苦手だった。

「……ねえ、リク君」
「や、ごめん。気にしないで。とりあえず、君が心配する事じゃないよ」

 彼女の言葉を遮って少し笑いながら言うと、ユフィは、じっとこちらを見た後に、うん、と小さく頷いた。
 そして、二人して、黙り込む。
 沈黙は好きではないが、ユフィからしゃべってくれないと、何を言って良いのか分からない。

 どうしよう、兄貴を探しに行こうか、と考えていると。



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