日常と非日常の間(6)  



両手に持っていた手甲を嵌めながら、人ごみの間を縫って走り、辺りを見回す。追ってきたのは、二人、いや、三人か。どれも、昨日の夜に見た顔と同じだ。やはり、あれで顔を覚えられたか。
 そう思いながら、ナギは南に向かって走っていた。歓楽街の間を縫って走ってしばらくすると、裏通りへと入る道が増えていって、どんどん乱雑になっていく。この辺りになると憲兵の手も行き届かない為に、喧嘩が多い。
 なら、ここでの騒ぎは『鷹目』のものとは思われないはずだ。出来るなら巻いて終わりにしたいが、簡単にはいかないだろうし。
 途中で立ち止まって後を振り返り、男たちが少し追いついてくるのを待って、横道に逸れた。それを見て、男たちも追ってくる。
 裏道に入ってしばらく走り、行き止まりまで来て振り返った。かなり南の方の、しかも裏路地だからと言って、自分から刀を抜けば罪に問われる事もある。
 両手の感覚を確かめると、ナギは追って来た男達三人を見上げて、にやりと笑って見せた。

「ね、何か俺に用事? 何か怖い顔してるけど」
「軽口叩いてる余裕あるのかよ。もう逃げられねぇぞ」

 男の一人、多分三人の中ではリーダー格なのだろうが、凄みを利かせて言ってくる。が、はっきり言って怖くはない。大体、これぐらい顔の怖い奴なら『鷹目』にも沢山いる。

「そだな。流石の俺も困っちゃうよ」
「なら、大人しく掴まりな」
「えーっと。悪いけど俺、そーいう趣味はないんだけど」

 真後ろの壁は、こいつらに捕まる前に越えるのは無理だろう。右足を軽く引きながら言うと、男は、ふん、と鼻で笑った。

「安心しろ。お前は客だからな、丁重に取り扱いしてやるよ」
「へぇ、客?」

 思わず、目を細めて聞き返す。
 最初は憲兵隊にでも突き出すために追って来ているのかと思ったが、そうでもないらしい。
 男は、多分既に勝ちを確信しているからだろうが、余裕の笑みを浮かべてナギのことを見下ろした。っていうか、でかいっつの。

「あんたら、どこの人間だよ?」
「答える義理はねぇな」
「そりゃ、残念だっ」

 言うと同時に、ナギは前方へと跳躍。右手に体重を乗せて男を殴ろうとする。
 が、その腕を逆に掴まれそうになり、身を引いて左足でわき腹を蹴った。その勢いで後に飛び、置いてあった酒樽……だと思われるそれの上にのる。

「この、糞ガキっ!」
「誰がガキだ、もう十八だっ!」

怒鳴り返しながら、狭い路地の中突っ込んできた一人をギリギリまで待ち跳躍、頭の上に思いっきり足を下ろした。
 ごり、と嫌な音がしたが、多分大丈夫だろう。

 その勢いのままに、持っていた短剣を抜いた一人に急接近。突き出してきた刀を、手甲をつけた手で受け止めて流し、もう一方の手で思いっきり男の顔を殴りつけた。

 直ぐに身を離して、男たちに背を向ける。
 これ以上相手をすれば自分が不利になるだろうし、その必要もない。既に、三人の間を抜けて、表通りに近い方に出ているのだ。
追いかけてきた男は、一人。
 最初に蹴った、リーダー格の男だ。もう一人が少し遅れて、最後の一人はそれから更に送れることになるだろう。

 表通りに飛び出て直ぐに曲がり、今度は別の路地に入り込む。そして、男が曲がって来るより先に近くにあった樽に乗り、壁に手をかけて乗り越えた。
 壁の反対側に落ちるように降り立って、また直ぐに走り出す。歓楽街も、店の中だ。強い香水と酒の臭いが入り混じって、少しだけ吐き気がした。

 しばらく走った後に、突き当たりにあった壁を再び乗り越えて、今度は表通りのすぐ近くに出る。
 深呼吸をして少し乱れた息を整えた後、普通の顔を装って表通りに出た。
 そっと辺りを見回した限りでは、あの男は付いてきていない。
 まあ、壁を乗り越えて追って来ていれば、あの巨体だ、すぐに分かる。
 他に客人もいないようだと確認して、ナギは直ぐに『鷹目』に向かった。


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