日常と非日常の間(6)  



中に入ると、直ぐにロイがこちらに気付いて、少し訝しげな顔をして見せた。

「ナギ、さっきリクが一人で帰って来たぞ。なんかあったか?」

 夕餉の時刻だ。
 テーブルと椅子、ついでに言うと料理人の数も少ないので、大体が順番に来て適当に食べ、また去っていくという形になるのだが、それでも腹が減る時刻は皆そんなに変わらないので、この時刻になると一階はかなりの混雑度だ。会話をするにも、かなり大きな声で言いあわなくてはならない。
だから、ナギとリクは大抵、少し早い時刻か、逆に遅くなってから飯を食べに降りてくることにしている。
 しかし、そんな中でも一人一人に注意を払うことの出来るロイはすごいと思う。親分肌なのだろう。

「いや、別に。 それよりさ、リクの奴なんか言ってた?」
「何かって……いや、特に何も言ってなかったと思うが。ああ、今は上にいるぞ。この状況で、飯は食いたくないそうだ」
「だろうねー」

 言いながら、どたばたとしたいつもの食事風景に苦笑する。
 自分は別に構わないのだが、人に触れられることがあまり好きではないリクは、混雑とかこういう雑然とした状況を嫌う。
 同じ状況で育ったはずなのに、何故そうなのかは良く分からないが。

「んじゃ、俺も一回上行くよ。何か飯とっといてっ!」
「ああ、分かった。人が減ったら呼んでやる」
「あ、それは助かる。ありがとなっ」

 言いながらぽんとロイの背中を叩いて、さっさと階段を上った。自分たちの部屋の前まで来て、リクー? と声を掛けながら扉を開ける。

「……あれ。いない」

 きょとんとして部屋の中に入って、周囲を見渡す。
 部屋の中は、ナギのベッドが綺麗に整えられている他は、出てきた時と同じ状況だ。
 一度、帰ってきたのは確実なのだが。
 いつもリクが使っている、窓際の机の上を見ても、何か本を広げた後もない。その代わり、結構前に気まぐれでリクに買ってやった猫の置物が、こちらに背を向けるように置いてあった。
それを見て、ああ、とようやく気が付く。近くに掛けてあった毛布を手にとって、自分は外套を羽織った。

 開いていた窓から首を突き出して、上を見、半身を窓から出して屋根の方に手をかけた。
 窓枠に足をかけて立ち上がり、よっと小さく声を上げながら、身体を持ち上げてひょいっと屋根の上にのる。

 そして、前を見て小さく笑みを浮かべた。

 あの置物を買った時、リクはまだ一人でこの屋根の上に乗ることは出来なかった。だが、ナギが何度も繰り返し教えているうちに、段々と一人で登れるようになっていったのだ。
 それで、一人で上がれるようになったのが嬉しかったのか、一時期リクは屋根の上に上がってばかりいた。あまりにしょっちゅういなくなってしまうから、ナギが取り決めをしたのだ。
 あの机の上にある置物を、背を向けて置いた時は屋根の上、正面を向いている時は外に行く。
 そういう約束にしよう、と。

「リク」

 近付き呼びかけて、ばさっと持っていた毛布を投げて渡した。少し驚いた顔をして、リクがそれを受け取る。

「風邪ひくよ」
「……ども」

 ナギの言葉に苦笑しながら答えて、毛布を身体に巻きつける。そして、体育座りをしたままぼんやりと空を見上げるので、ナギは少し首を捻りながらもリクの隣に座った。

「どうかした?」
「んー、いや、別に」

 そう答えたら、絶対に何も言おうとしないということは経験から分かっている。だから、そう、と答えてとどめる事にした。
 多分、ユフィのことだろう。あの様子だと、どっか帰る途中で告白でもされたか。もしそうなら、あまり自らに自信を持っていないリクは純粋に戸惑ったはずだ。かと言って、彼女の気持ちを無碍にする事もできないと、曖昧にして終わらせたのだろう。それで、また悩んでいる。
 二人で帰らせたのが、まずかったとは思わないが。

「それより、兄貴。客って?」

 リクに声を掛けられて、ああ、と声を上げた。
 そういえば、言ってなかったか。忘れていたが。

「昨日の夜の奴らさ。何か、俺、顔覚えられちゃったらしい」

 いやあ、もてると辛いねぇ、とおちゃらけて言ってみたが、リクが怒ったような顔をして睨みつけてきたのでやめた。
 それで、リクー? と機嫌を伺うように見上げると、小さくため息を吐いて、
「で?」
 と聞き返される。

「ん、何?」
「どうすんのさ。覚えられたんなら、また、来るかもしれないじゃないか」
「えーっと、そん時はそん時」
「……兄貴」

 胡乱そうな目つきで見られたので、慌てて笑ってみせると、ため息を吐かれた。反応を誤ったか。

「あのー、リク?」
 恐る恐る声を掛けると、この馬鹿兄は、と小さな声で呟かれ。
「今回はうまく撒けたからいいようなもののっ! 相手は一人じゃないんだろ、何かあったらどうするんだよっ?」

 今度は怒られた。
 思わず反射的に首をすくめてごめん、と呟き、でも、と声を上げる。

「大丈夫だって。ほら、俺、逃げるのはうまいし。あんなとろとろの亀みたいな奴ら相手なら、何度だって」
「逃げられる? また同じやつらとは限らないじゃないか。大人数で来られたらどうするんだよ。今度こそ、逃げられなくなったら?」
「そんなに心配するなって。大丈夫だよ、俺みたいに気楽に構えて……」
「俺はっ!」


前へ     次へ     トガビトメニューへ   小説メニューへ

SEO [PR]  冷え対策 再就職支援 わけあり商品 無料レンタルサーバー ブログ SEO