日常と非日常の間(7)  



 おちゃらけた雰囲気でごまかそうとしたら、言葉を遮られた。そして、少し迷った末に、リクが再び、俺は、と小さな声で呟き、ぱふっと顔を膝の間に埋める。

「兄貴とは、違う」

 微かな、多分聞こえないだろうと思っていった言葉。
 それが、はっきりと耳に届いた。

「……リク?」

 顔を伏せてしまった為に表情の分からないリクの顔を覗き込もうと、横から様子を見ながら、声を掛ける。
 こういう雰囲気は、苦手だった。どうすれば良いのか分からなくて、自分がその中に取り込まれてしまいそうな気持ちになる。だから、ふざけてみせる。笑わせようとして、馬鹿みたいなことを言って、思わずと言った感じで苦笑でも何でも、反応をみせた相手を見て、やった、と思うのだ。それで、この雰囲気が破れたから、もう大丈夫だ、と。

 でも、リクは違う。

 自分がワザとふざけて見せているのが分かっているから、そうやって問題から逃げようとする俺に怒っているんだ。呆れたり、見放したりはしないで、何度でもその問題をはっきりと見せ付けるようにしてくれる。
 それは、多分俺には出来ないこと。俺を心配してやっているその行為が、俺には出来ないリクの長所なんだっていうことは、多分、分かっていないのだろうが。

 その場しのぎで笑って見せることも出来なくて、ナギは少し戸惑うように視線を漂わせてから、ぽんぽん、とリクの頭を叩くようにして撫でた。

「ごめん、リク。俺が悪かった」

 言って、そっと手を離す。頷いたのか、微かにリクの頭が動いた。
 しばらく黙って待っていると、あのさ、とようやく顔を上げながらリクが声を掛けてきた。
 沈黙が解けたことにホッとして、何、と聞き返す。

「後で、ホークスに言っとこうよ。また何かあったら困るし」
「ユフィのこともあるし?」

 にやっと笑って聞き返すと、軽く睨まれた。ぺろりと舌を出してふざけて見せると、リクは少しため息を吐いてから、まあ、と言葉を続ける。

「それも、あるけど」
「やっぱあるんじゃん」
「でも、兄貴が期待するのと違うよ?」
「そなの? つまんないなぁ」
「人で楽しむなよ、馬鹿兄」
「えー、いいじゃん別に。ケチー」
「ケチとかそういう問題でもないだろ」

 言われて、ちぇ、と小さく呟く。
 ユフィみたいな子だったらいいと思うんだけどな、と口には出さず頭の中でだけ呟いた。多分、これを言ったら、事実はどうあれ、リクが怒る気がしたのだ。

「ともかく、ホークスに言う事。いい?」
「はいはい」
「返事は一回っ」
「はーい」

 リクに念を押されたのでそう答えてから、ぽんと手を打ちながら、そうだ、と言葉を続けた。

「リク。お前さ、もうちょっとうまく話できるようにした方がいいぞ」
「……何の話?」

 訝しげな目を向けられて、少しだけ首を捻る。そして、ああ、そういえば話すっとんでるな、と少しだけ思った。

 二人で話していると、しょっちゅう話題が飛んでしまって、リクにはもっときちんと説明しろとよく怒られる。これでも一応、そうならないように気をつけているつもりなのだが、どうしても言わなくても分かるんじゃないかと思ってしまうのだ。
 いや、まあ今はそんなことはどうでもいいのだが。

「ユフィとの話。お前、話続かなくて困ってただろ」

 にやっと笑いながら言うと、リクは少し不思議そうな顔をして眉を顰めた。
 そして、何かを考えるように視線を遠くにやって、ああ、と小さく声を漏らす。

「もしや、ちびを連れて来たのはワザと?」
「うん。だって困ってたし」
「じゃあ、兄貴が離れたのは?」
「ユフィがリクと話したそうにしてたから」
「良くちびを見つけられたね?」
「だって、ずっと世話してたし」

言ってから気が付いて、あはは、と笑って見せると思いっきり、わざとらしくため息を吐かれた。
 じとっとした目で見られて、視線をそらす。

「兄貴、いつから飼ってたのさ?」
「え、えと、何のこと?」
「今更誤魔化そうとするなよ、馬鹿兄」
「あー、馬鹿言うなよリクの馬鹿」
「なら簡単な手に引っかかるな」

 ため息を吐かれて、うう、と言葉に詰まる。
 ちえ、と小さく舌打ちをして夜空を見上げながら、思い出す。
 ちびは、確か。

「二ヶ月前?」
「何その質問形。一匹だけじゃないの?」
「……なんで分かるの」
「兄貴の考えそうな事だし」
「むー」
「で、他の猫はどうしたのさ」
 聞かれて、うん、と小さく頷く。
「全部貰い手は付いた。ちびだけ、体弱そうだって言って誰も貰ってくれなくて」

 いやぁ、ユフィが貰ってくれてよかった、と笑いながら言うと、呆れた顔をされた。
 それが落ちつかなくて、おろおろしながら「えと、まずかった?」と聞いてみると、リクは何故か一瞬困った顔をしてから、いや、と小さな声で答えてくる。

「とりあえずは、助かったし」
「お、問題なし?」

 にやりと笑いながら聞いてみると、調子に乗るな、と軽くはたかれた。
 これじゃあ、どちらが年上なのか分からない、と一瞬だけ思う。
 わかったよ、と笑いながら答える。と、今度はリクが、そういえば、と言葉を発した。

「兄貴さ、ピックって何のことか分かる?」

 突然の質問に、思わずきょとんとしてリクのことを見返した。
 分からない事はない。だが、何故そんなことを聞いてくるのかが分からなかった。
 それが表情に出たのだろう。リクが、実は、と説明をしてくれた。それを聞いて、首を捻りながらも、答える。

「ピックっていうのは、『ギルド』の一つさ。鷹目《ここ》と同じようなとこだ。一応友好条約は結んでいるらしいけど、新しい元締めになってからは良く分からないな」

 言いながら、それにしても、と首を捻る。
 リクが言うには、ジャンがその『ピック』と刺青を入れていた人と話していたということだ。そういえば、自分を追いかけてきた人も何か刺青を入れていたようだが、ナギはリクのように文字に慣れていない。
 少し集中して考えながらならばともかく、即座にその意味を読み取る事は出来なかった。だから、何か書いてあるな、とは思ってもその形まではっきりと覚えては居られない。

 リクが言うんだから、ジャンが『ピック』の人と話していたというのは本当だろう。
 ただ、それが何か意味があるのか、それとも単なる知り合いなのかは分からない。

「……兄貴、どうする?」

 聞かれて、少し迷った。無意識に左手でイヤリングを弄り、しばらくしてから、いや、と小さく首を振る。

「何も心配する事はないだろ。こっちは、ホークスに言う必要もない」

 にやっと笑って見せながら、な、と声を掛けると、リクは少し迷いながらも分かった、と答えた。
 それと同時に、まるで見計らったかのように、おおい、と下から声がかかる。

「ナギ、リク。食べに来い」

 ロイの声だった。

「分かった、今行くっ」

 ひょいと窓の方に顔を出しながらナギが言って、行くぞ、とリクの方に声を掛ける。
 うん、と小さく頷くのを確認して、さっさと下へと降りて行った。

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