揺れるトキ(1)  



 何か困った事があると、ここに来るのが常だった。

 結構前、名前も知らない女子生徒にしつこく迫られた時もここに逃げてきたし、前にも、先生に進路のことを話そうと言われそうになった時もここに逃げて来た。

 だから、今回も。

 提出期限の迫った進路希望調査の紙は未だ白紙のままだし、それを如何にして埋めるか、ということも考え付いていない。
 そんな状況だったから、先生にこの話をしようと持ちかけられそうになって、慌てて逃げてきたのだ。

 あんな事があったから、結局、兄にこの進路の話はしていない。
 まあ、あの兄貴に話したところで何の解決にもならないだろうし、妙に心配されるだけだから、その判断に間違いがあったとは思っていないが。

 あの日、食事が終わってから、何やら怪我人が来たとばたばたとしている人達の間を抜けて、ホークスと話をした。
 そして、しばらくの間は俺たち二人に……特にナギの方に見張りをつけることにされた。

 俺は、学校に行っている間は安全だろうから、とその行き帰りのみで、一週間。
 昨日がその最終日だったから、今日からはいつもと同じで他の人と話したりしながら帰ることができる。
 流石に、見張りの人がいると知っている状況で、あまり寄り道もできなかったから、一週間の間は付き合いが悪いぞ、と文句を言われていた。

 一方で兄貴は、怪我をしているということもあって、必ず二人以上で行動するようにと注意された。
 もちろん、その二人の場合、リクと二人というのは不可とされたのだが。それでも、誰とでも隔たり無く話せる兄貴のことだから、大して苦労も感じてないようだった。
 この一週間、いつもと同じように楽しそうにその日の事を話して聞かせてきたし、やたらと器用にこちらの話を引き出していたのだ。何も、変わった様子は見られなかった。

何度も来た、ベランダのようなところ。

 そこからひょいと足を掛けて、一応登ってはいけないことになっているのだが、屋根の上へ。
 『鷹目』の屋根よりも傾斜が緩いのでかなり安全だと思うのだが、それでも、生徒の安全の為だと言って教師に見つかればそれなりの罰則を受ける。
 石造りの、使われているのかどうかも怪しい煙突に背中を預け、手に持っていた白紙の紙を目の前まで持ち上げて眺める。何が変わるわけでもないが、進路希望調査書が、なにか文字で埋まってくれたらいいのにと、そう思った。


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