愚者の輪舞(1)  



 どれぐらい、時間がたったのだろうか。
 外も見れず、廊下の方からは時々見張りの交代なのか何なのか、話し声が洩れてくる事はあったが、幾ら耳を澄ましても何か自分にとって都合の良い話を聞き取る事は出来なかった。


 いい加減に座っているのも疲れてきて、せめて背後で結ばれている縄が解けないものかと動かしてみるものの、前に試した時に出来た腫れが余計に傷むだけで、大した成果は得られない。冷たい壁と床に触れている部分も寒さと痛みで感覚はほとんどないし、いやそれでも昔外で眠っていた時に比べたら楽じゃないかと思って慰めては見るものの、考える事しか出来ないこの状況では、何の慰めにもならなかった。


 とりあえずため息を吐いて再び体を動かした時に、廊下の方から変な音がした。
 カエルが潰れたような、そんな声。
 一体何だと顔を上げて扉の方を見たところで、がちゃがちゃと、取っ手が動かされた。足を動かして腰を浮かせて、直ぐに動ける状況にしてそちらを睨むようにしてみる。
 誰か来たのだろうが、おかしい。取っ手を弄っている時間が長すぎやしないかと思い、もしやあいつらじゃないのかという結論に達する。


 なら、答えは一つ、か。


 弄っている音が止まって、ゆっくりと、取っ手が回され、扉が開く。段々と向こうのランプの光が洩れてきて、明るくなり。
「よっ」
 右手を挙げて楽しげに挨拶する兄に、思わず苦笑した。
 何となく安心感を覚えながらも、やはり来てしまったのか、という思いもあるが、それはもうどうしようもない。
 だから、どうも、と近付いてきたナギに軽く返事をした。


「うん、案外元気そうだな。なんかゴツイでっかいのがいっぱい居たから、すっげぇ怪我してるんじゃないかって心配だったんだけど」
「そりゃまた」


 言ってからどう続ければ良いのか分からず、どうも、と再び繰り返しながら、兄の促しに従って背中を向け、両手を縛っていた縄を解いてもらった。両手首を擦りながら立ち上がり、それで、とナギに聞く。


「どうなってるの、なんで分かったのさ?」


 リクの問いに彼はああ、と小さく頷いて、「ジャンに聞いたんだ」と簡潔に答えた。


「ホークスに伝言を頼んで、とりあえずこっちに来た。普通に侵入ばれてるから、強行突破で脱出な」


 言われて、思わず眉を顰める。この兄のことだからそうだろうとは思っていたが、やはりそうなるのか。
 というか、俺も一緒にいるのに強行突破だなんて、よく考えるものだ。
 いや、逆か。考えて無いからそうなるのか。


「ジャン、平気なの?」


 裏切ったんじゃ無かったのか。
 そう言った疑問を言外に含ませながら聞くと、さあ、とナギは首をひねってくれた。


「平気じゃないか?」
「……適当だね」
「いや、へーきへーき。なんとかなる。きっとね」
「きっとかよ」
「いや、絶対?」
「兄貴」


 少し咎めるようにして言うと、ナギはにやっと楽しげな笑みを浮かべてから再び、平気だよ、と繰り返した。
 なんでさ、と問いかけようとして、どうせまた「勘」とか適当なことを答えられるだろうと思い直してやめる。
 その代わりに、分かったと吐息を付きつつ答えて、よしと気合を入れてから、行こうよ、と兄を促した。
 それに分かったと答えたナギが先行し、薄暗い部屋から出る。
 扉を出たところで伸びていた男が落としたらしい、長めの棒のようなものを渡されそうになり躊躇すると、安心しろ、と兄が苦笑しながら言って来た。


「念の為さ、お前には使わせない。それに、よほど上手くしなかったら、これで人は殺せないだろ」


 言いながら、ほれ、と再びその棒を渡されて、今度は大人しく受け取る。ここで躊躇してしまうことがすでに、兄の足手まといになってしまっているのだろうか、と少しだけ考えて、今はそんなことを考えている場合じゃないと首を振った。とりあえず今は無駄思考は排除、ナギの後に付いて脱出することだけを考えよう。

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