青鼻トナカイと僕     

 暖かい丸太の家の中、僕達は上から下から走り回って、クリスマスの準備をしていた。
「チーア! 持ってくるのはこっちじゃなくて、あっちの青い包みのっ」
「ごめん、すぐ持ってくるっ」
 ティに怒られて、急いで二階へと駆け上がった。たくさん詰まれたプレゼントの山の中から、青い包みを取り出して、また駆け下りる。
 クリスマスの準備は、毎年大変だ。
 全世界の子供達のプレゼントリストと、準備したプレゼントを見比べて、そりに詰め込んで、どんどん送り出していかなきゃいけない。時間通りに全部のプレゼントを配るために、見習いを含め、二万五千六百二十七人のサンタクロースが出て行く。僕達小人は、その下準備とかリスト作りとか、そういうのをやるのが仕事だ。
 ちなみに、ここ百年の流行は赤鼻のトナカイ。最近ではそれに合わせて、トナカイさんの鼻に赤いLEDを付ける作業も増えた。
 プレゼントは毎年、地下のプレゼントメーカーで作られる。それを鶴瓶式コンベアーで二階に運び、梱包機で梱包。ソリ毎に白い袋に詰めて、二階から一階で待つソリに投げ込んで終了、なのだが……。
 機械も古いせいか、ここ最近、誤作動を起こすのだ。プレゼントの中身と梱包が間違っていたり、とか。
 そういうとき、一番下っ端の僕みたいなのが、地下まで走って予備のプレゼントを持ってきたりとか、手作業で梱包したりとか、させられる。
 でも、僕は失敗ばかり。単純に荷物を持ってこいと言われただけなのに、さっきみたいに間違えて……。
 僕は役立たずだなあ、と思う。だから、いつまでも下っ端のままで……。
 さっき言われたプレゼントを、山の中からようやく探し出して、一階に戻る。
「ごめんなさい、遅くなって……あれ?」
 ずらりと並んでいるはずのソリがなくなってしまっていることに気が付いて、思わず声を上げた。周囲を見回して、もう出てしまったのかと空を見上げる。
 最後の一台らしいソリが、遠く離れて飛んでいくのが、見えた。


「まあまあ、元気だせよ。仕方ないだろ、間に合わなかったのはさ。後で謝れば」
「そういう問題じゃないんだってっ」
 飄々として言う居残りのトナカイ……彼は青鼻で、LEDを付けても赤鼻に見えなかった為、置いていかれてしまったのだが……に怒鳴って、ほらここ、とリストを突き付けて、その場所を指差してみせる。
「僕が持ってるやつ、チェックついてないでしょ。持っていくのが遅すぎて、忘れちゃったんだ……」
「忘れるぐらいなら、大したことねぇよ」
「子供達には、大したことだよっ」
 ツンとして言うトナカイに怒って、お願い、と手を合わせた。
「僕をこの家まで連れていって。それができるの、君しかいないんだ」
「さあてね、今は青鼻は認められないんだ。どうしようかな」
 そんなことを言い出すトナカイに、慌てる。
「だ、大丈夫だよっ! トナカイの鼻の色なんて、誰も気にしな……」
「気にしないぃ? じゃあ、そんなどうでもいいことの為に、お前らは俺の仕事を奪ってたのかよ。信じらんねぇな」
 どこか、気に障ってしまったらしい。起こったような顔で(分かりにくいけど)そう吐き捨てて、いいか、と僕の頭を角で叩く。
「俺にとって、この仕事場生き甲斐だったんだ。それを簡単には奪いやがって。しかも理由が、くだらない、鼻の色なんだぜ? どう思うよ。下らないだろ」
「そんな風に考えては……」
「おぅよ、お前らにはどうでも良い問題だもんな」
「そんなこと、僕は……っ」
「皆大好き、赤鼻のトナカイ。青の俺はお払い箱、面白いねぇ」
 嘲笑しながら言うトナカイに、僕は、と繰り返し声を上げたら、睨まれた。トナカイのくせに鋭い目つきで睨まれてちょっと挫けそうになりながら、僕は、と言葉を続ける。
「青鼻も、好きだよ」
「……」
 妙な沈黙が落ちた。恐る恐る顔を上げると、トナカイが苦笑する。
「まあ、お前に言っても、しょうがないんだがな」
「ふぇ?」
 意味が分からなくて聞き返すと、トナカイは「なんでもねぇよ」と笑って、角の先に僕を引っ掻けた。そして、慌てる僕の様子に笑いながら、ひょいとその背中に放り投げる。
「うわ、うわ……」
「俺の首にある袋に……そうだ、そいつにプレゼントを入れな。お前にゃ鞍はでかすぎるからな、手綱を体に巻いてから、しっかり両手で持つんだ」
 命じられるままに、何故か付けっ放しだった手綱を体に巻いて、握る。
「やったよ」
「おし。両足で俺の体を挟め。そう、振り落とされんなよっ」
「ぇ」
 ちょっと待って、と言うよりも先に、トナカイが角を振り上げ、柵を突き破った。そして、楽しそうに「ひゃっほう」とか言って、一気に走り出す。
 後ろから、驚いた仲間たちの声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと……」
「飛ぶぞ、口閉じろ」
 慌てて口を閉じると同時に、トナカイが飛び上がった。強い重力が急にかかり、がちっと歯がなった……喋っていたら、舌を噛んでたところだ。
 空へ空へと駆け上がり、途中で、ふっと重力が弱まった。
「……?」
「しばらくはこの高度を保つ。喋っていいぞ」
 そう言われて恐る恐る見下ろすと、綿菓子みたいな雲が見えた。その下には、ホワイトチョコみたいな、白くて平らな、氷の地。それらが、ものすごいスピードで、後ろへと流れ去っていく。
「日本、だったよな」
「そうっ! 大変かなっ?」
 トナカイの声はよく聞こえるのに、向かい風のせいで、僕は怒鳴らなくちゃいけない。
 そんな僕の様子に少し笑って、「大丈夫だ」とトナカイが自信満々に答えた。
「俺だって、昔は地球の裏にまで行った優秀なトナカイなんだ。鼻のせいで休業中だったがな。楽勝楽勝」
「そ、そっか。よかったぁ」
 安心して息を吐くと、再び笑われる。
「変わってるな」
「何が?」
「よく、知らないガキの為に一所懸命になれるもんだ、と思ってさ」
 言われて、軽く首を傾げる。
「皆、それで頑張ってるんだよ? 普通だよ」
「いや、そうでもないぜー?」
 答えるトナカイは、何故か楽しそうだ。
「サンタになるという立身出世も一つだが、最近は、プレゼントをくすねて、おもちゃ屋に売りに行ってる奴も多いぜ。後は、親に売るとかな。そうやって手に入れた金で、一年遊ぶんだよ」
 そう言われて、そうなんだ、と思わず呟く。
 おもちゃが妙に減ってたり、夏に居なくなる仲間が一杯いるのは、そういう事だったんだ。
「サンタの奴にバレなきゃ問題はないんだ。まあ、小人なんて元々、ピクシー(イタズラ妖精)と紙一重だからな。おかしくはない」
「……そっか」
 ちょっと、寂しくなってきた。思わず俯くと、まあまあ、とトナカイが慌てたように声を上げる。
「そう落ち込むな。俺は、お前は偉いなって褒めてんだ。そういうやつは、嫌いじゃない」
「……うん」
 慰めてくれているんだ、とわかって小さく頷くと、それが分かったのか、トナカイはおかしそうに少しだけ笑った。
「俺の昔のパートナーも、そういうやつだったんだ。お前みたいに、馬鹿みたいなお人好しでな」
 懐かしそうに言うトナカイに、でも、と声をあげる。
「君は優秀なトナカイなんでしょ。そのパートナーも、優秀だったんじゃないの。僕みたいに……」
 僕みたいに、失敗ばっかりじゃなくて。
 言いそうになった卑屈にすぎる言葉は何とか飲み込んだが、失敗する度に外で泣いてる僕を見ていたからだろう、言いたいことはわかったみたいだ。
 ああ、とひとつ声をもらして、笑う。
「そーでもなかったぜ? あいつも失敗ばっかしてたけど、人一倍頑張った。働いてた。泣きながらな。そんでも、必死で頑張ったから、すげぇ躍進したんだぜ。だから、お前も頑張ればいいさ……お前なりにな」
 いつもは泣いている僕をからかってばかりのくせに、そんなことを言うトナカイに、少し笑う。ありがとう、と呟くと、トナカイも照れくさそうに笑った。


 ホワイトチョコの大地をすぎ、水飴色の海を渡っていたら、遠くの方に何か飛んでいるものが見えた。
「何かな、あれ。ソリじゃないよね、鳥さん?」
「にしてはでかいな。こっちに向かって……ぇえっ」
 予想外の速さで急接近してきた鳥さん(?)に驚き、一気に高度を上げた。ついていけなかった体が落ちそうになって、必死の思いでしがみつく。
 飛び上がったトナカイが大きな鳥さんの背中を駆けて、衝突しそうになった尾羽を横に避け、ふう、と息をつく。左右上下に振り回されたものの、手綱のお陰でなんとか落ちずにすんだ僕も、同じようにふう、と息をついた。
「ビビった……何だ、あれ」
「わかんない……けど」
「けど?」
 聞き返すトナカイには見えないけれど、僕はわざとらしく眉をしかめて、べっと舌を出した。
「君、優秀なトナカイじゃなかったの? ぶつかりそうだったじゃん」
「っせーなっ! 俺の時代にゃあんなんなかったんだよっ!」
「言い訳したぁっ」
「うるせぇっ! 文句あるなら自分で飛んでみやがれっ」
「むちゃくちゃだっ」
 そんなこんなで喧嘩もしつつ、あの大きな鳥さんとも何度かすれ違いながら、僕達はなんとか、目的の家についた。


 のだが。


「……煙突、ないよ?」
「ああ、ねぇな」
「どっから入るの?」
「さあ」
 首を傾げられた。
「えぇ、せっかくここまで来たのにっ」
「そう言われてもなあ」
 ぼやきながら家の回りをぐるっと回って、そいや、とトナカイが声を上げた。
「煙突フープとかってあったろ。あれ、どうした?」
「……持ってないよ。僕、見習いじゃないもん」
 泣きそうになりながら答えると、だろうなぁ、と呆れたような声でトナカイが答えた。
 煙突フープとは、フラフープを折りたたんだような形状をしていて、広げて壁とか窓とかに張ると、そこに煙突が出現。通り抜けることが出来るようになるもの、らしい。
 らしい、というのは僕は実際に使ったことも見たこともないからな訳で。小人なんかには持つことができない高級品(?)で、見習いサンタになれば、ようやく一人一つずつ割り当てられる。
「どうしよう」
「窓から入れば?」
「それじゃあ泥棒じゃんっ」
「……不法侵入ってことは、同じだろ」
「違うよ、煙突フープは合法だよっ! NASAも認めたんだよっ」
「えぇ……」
 疑わしそうな声を上げて、でもなあ、とトナカイは言葉を続ける。
「入れなきゃ、本末転倒、来た意味ないぜ?」
「……知ってる」
「何も盗みに来たんじゃねぇんだ。ちょちょっと行って、戻って来いよ」
 な、と言われて、小さく頷く。
 目を瞑って三十数えて、よし、と気合いを入れた。トナカイに合図をして、そろそろとベランダに近付き、窓の鍵に手を伸ばして――
「何をしとるんじゃ?」
「うわあぁぁああ!」
「どわぁっ」
 二人して驚いて、振り返った。
 すぐ横に浮かんでいた大きなソリの上。赤い服に白い髭の、
「師匠っ」
「夢ぶちこわしの呼び掛けだなおいっ」
 僕の声に、すかさずトナカイが突っ込んだ。
「な、なんでここにいらっしゃるんですか?」
 吃りながら聞くと、彼、サンタクロースは「ふぉふぉふぉ」とフィンランドのサンタの国が認定した笑い声をあげて、おかしそうに目を細めた。
「プレゼントを渡しに来たのじゃがな。どうもミスがあったようでの、見つからずに困っていた所じゃ」
 そう言われて、僕は慌てて、持っていたプレゼントを師匠に差し出した。
「あの、これっ! ぼ、僕のミスで、なんか、忘れられちゃったみたいでっ」
「届けてくれたのかね?」
「はい……っ」
 壊れた人形のようにコクコクと頷けば、トナカイが呆れたような表情で、僕を角で突っついた。それでようやく、自分の慌てっぷりに気が付いて、顔が赤くなる。
 だけど、師匠はそんなこと気にも留めずに、暖かな笑みを浮かべ、プレゼントを受け取ってくれた。
「確かにこれじゃ。ありがとう」
「い、いえっ」
 首を振る僕に笑って、サンタがベランダに乗り移ってきた。慌てて脇に退き彼を見上げる僕に気付いたのか、サンタは僕のことを見下ろすと、面白そうに目を細めた。
「一緒に渡しに行くかね?」
「ふぇ?」
「プレゼントじゃよ」
 ウィンクをしながら言われて、僕は、大きく頷いた。後ろで、トナカイが鼻を鳴らしたのが聞こえたけど、その意味はよくわからなかった。
 では、と出された手に捕まりサンタの肩に乗る。彼はごそごそと、フラフープのようなものを取り出すと、窓にくっつけた。そこに、短い煙突ができる。
 すごい、と言いそうになって、しぃっと口許に指を当てられたから、両手で口をふさいだ。
 ゆっくりとサンタが煙突をくぐり、部屋の中へ。ぐっすりと眠る子供の頭上に掛けられた靴下に、僕が持ってきたプレゼントが、入った。
 寝返りをうったその子が、むにゃむにゃと小さく声をたて、幸せそうに微笑んだ。


「しかしのぅ、お主が出てくるとはなぁ」
「っせぇな、チビ助。でかくなりやがって、楽しくねぇ」
 サンタと一緒の帰り道。おかしそうにそんなことを言うサンタとトナカイに驚いて、え、と声を上げた。
「チビ助?」
 思わず聞くと、トナカイは不機嫌そうに鼻をならし、そうだよ、と答えてきた。
「さっき言ったろ。俺の昔のパートナー、そいつだ」
「え、でも、え?」
「昔は失敗しては泣いてのぅ。そやつに叱られておったわ」
 おかしそうに、懐かしそうに言うサンタに、驚きながらも「へぇ」と呟く。
「それが、今じゃサンタになってんだからな、ビックリだぜ」
「何、努力と思いの結果よ」
 楽しげに笑いながら言って、僕のことを見る。
「子供達を喜ばせたい。そう思って働けば、サンタにもなれるもんじゃよ」
 暖かな笑みとともに言われて、小さく頷く。それに笑って、サンタは「ではな」と声をあげた。
「帰ったら見習いサンタになってもらうぞ。将来有望じゃからな」
「……はいっ」
 驚きながら大きく頷くと、サンタは楽しげに笑い、トナカイは軽く肩をすくめた。


 後日、青鼻のトナカイが空を飛んでいた、というニュースがあちこちで流れた。お陰で、今度は青鼻ブーム。僕とトナカイはパートナーとして、来年もプレゼントを配りに行くことになるのだが、それはまた別のはなし。
 又今度、だ。



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