天体鍋クリスマス  

 冬になったらちゃんと部活動をしましょう、と言ったのは僕自身だ。けど、ついでにクリスマスパーティーをせぇへんかと言ったのは、彼だった。寒いから、鍋でもしたいよね、と適当なことを言い出したのは先輩だ。
 なら、全部一緒にやればいい。そういったのは、似非顧問の人体模型のおじさんだった。


「寒いですよ。そして熱いです」
「うん、わかるようなわからないような」
「僕、猫舌なんですよ」
「冷ましてから食べればいいやんか」


 鍋を突付く僕に呆れたように声を上げた彼は、先ほど上ってきたばかりだ。僕と先輩は材料と鍋を持って先に屋上に出ていたのだが、彼がやって来たのは、アルバイトの警備員が下に行ってしまってからだった。
 ちなみに、彼はそのアルバイトと仲がいいから大丈夫などと意味の分からない事を言っていたが、流石に可哀想なので挨拶はするな、と言っておいから、アルバイトさんは無事だと思う。
 彼は、自分は怖くないのだと思い込んでいるところがあるけれど、そんなことはない。
 なんつったって骸骨さんである。
 怖いに決まってる。


「冷まして食べたら、寒いだろっ」
「……我侭やね」
「人間だもの」
「みつをかい」


 いつもと同じようなやり取りをしながら、鍋を突付く。
 先輩は、直ぐに曇ってしまうめがねを外したりつけたりを繰り返しながら、一人黙々と鍋を食べていた。
 ……まあ、やりたいといっていたのは、先輩だけれど。


「それにしても、今日はよう晴れとるなあ」


 夜空を仰いだ彼に続いて、僕も空を見上げた。
 明るいあれは、確かシリウスだったはずだ。その近くにあるのは


「オリオン座やな。綺麗に見えとるわ」
「えー、どれー?」
「シリウスの近くにあるやろ。シリウスと火星の間、ちょっと西よりに」
「あ。あれかぁ」


 確かに、星が三つ並んでいる。プラネタリウムぐらいでしか星なんか見たことがないから、何だか、不思議な気分だ。


「オリオンって、何か話あったよね?」


 座り込んだ状態から彼を見上げて聞けば、彼はせやったなぁ、と言いながら軽く首を捻った。こきこきこき、と首がなる。それからしばらくその状態で固まってから、
「何やっけ」
 先輩に言葉を放った。
 相変わらずもくもくと鍋を食べていた先輩が(そんなに食べたかったのか)、口をもごもごとさせながら、あれでしょ、と声を上げる。ごくりとなんとか飲み込んで

「アルテミス。月の女神」
「あー。せやせや。それやね」


 彼がぽんと手を打ちながら答えて、こういうやつや、と言って、その話を教えてくれた。


 アルテミスはな、オリオンが好きやったんよ。せやけど、アルテミスの弟アポロンは、オリオンの奴が嫌いでしかたなかったんや。そこである日オリオンが湖で泳いでいるのを見つけてたアポロンは、陰気なやっちゃな。弓の上手なアルテミスに、沖を泳いでいる獣を弓で射ってくれっちゅーふうに頼んだんよ。アルテミスはなーんも知らんで、オリオンを射殺してもうたん。それで、後から事実を知って悲しゅうて悲しゅうて、泣いている彼女を哀れんで、ゼウスがアルテミスが通る天の道の近くにオリオンを星にしてやった、っちゅーわけや。


 その話を聞いて、ああ、と少し哀しくなる。
 それじゃあ、アルテミスもオリオンもかわいそうだ。
 しょぼんとした僕をみて、ああ、と慌てて彼が声を上げた。
「あー、ほら、話やからな。他にも話はあるしな、事実っちゅーわけでもないし」
「そうだけど……」
 小さく息を付くと、そんな僕の雰囲気を全く無視して、そういえばさ、といつの間にか鍋を食べ終わった先輩が声を出した。
「クリスマスパーティーって、何やるつもりなの?」
「……自分、空気読めへんね、相変わらず」
「そんな暗い空気読みたくないよ」
 ぱたぱたと手を振りながら答える先輩に、それなんですけど、と言って手元においてあった荷物を引っ張る。

「色々考えたんですけど、クリスマスならやっぱり、これでしょうっ」


 言って、取り出したのは、小さなクリスマスツリーだ。
 クリスマス=クリスマスツリーってのは、いたって当然の考えだろう。
 ぽんとそれを置けば、ええと、と先輩が戸惑うような声を上げた。


「……クリスマスツリー、なんだ?」
「クリスマスですし」
「プレゼントとか」
「考えたんですけど、何買えばいいのか分からなくて」
 そう言って、彼の手を引っ張る。
「連れてって選ぼうと思ったら、嫌がられて」
「当たり前やろ。昼間に骸骨が歩いててたまるかいな」
「だから、持って行くって」
「頭だけ持って行かれてたまるかいなっ」
 ぺしりと僕の頭をはたきながら彼が言って、そういうわけや、と言葉を続ける。
「せやから、自分に何選べばいいかわからんかったっちゅーことで」
「……いやあ、君も大変そうだね」


 呆れた声で先輩が返答して、小さなツリーを指先でつついた。
 さっき僕が入れた電池のおかげで、これまた小さな星がちかちかと安っぽく光っている。
 うん、クリスマス。
「そういえば、これも星ですよね」
 ふと思いついて言えば、先輩は、そうだね、と言いながら今度は星を突付いた。
 何故突付く。


「何て星なんですかね、これ」
「ベツレヘム」


 何か呪文を唱えられて、へ、と変な声を上げた。
 きょとんとして先輩の方を見返すと、先輩はやはり星を突っつきながらも、だから、と言葉を続ける。


「ベツレヘムさ。キリストが馬小屋で生まれたってのは知ってるでしょ? そこへ三人の博士を導いたとされる星が、この星さ」


「何や、意味あったんやな、それ」
 感心したように彼がいい、それで、と続きを促せば、先輩はうんと小さく頷いた。
「どの星か、分からないらしいんだよね」
「うん?」
「金星説・新星説・彗星説・惑星会合説。色々あるらしいけど、結局キリストの誕生日がわかんないからさ、はっきりしないんだよ」


 だから、わからないのさ。


 そう続けられて、そういうものか、と思う。
 まあ、正直キリストの誕生日なんて興味ないし、もしこの星が今見えたら面白いなーって思っただけで、別にそういう説明を聞きたいわけではなかったのだが、まあいいか。
 変な豆知識にへぇっと答えたところで、ところで、と先輩が言葉をつづけた。
「それ、何?」
「はい?」
「その包みさ」
 言われて、ああ、と声を上げながら袋を開ける。
 中から出てきたのは、眼鏡だ。
 鼻と髭と眉毛のついためがね。
 よく、遊びで使う奴。
「これ、先生にあげようと思って」
 言いながら立ち上がり、先輩に倣ってそう呼んでいる人体模型のおじさんに、それを掛ける。
「似合うっ」
「そうかぁ?」
「面白くはあるけどね」
 僕の言葉に二人はそう答え、人体模型のおじさんは、そっと眼鏡にふれて、少し嬉しそうに笑った。
 ちょっと怖かった。




 数年後、学校に不思議な怪談が流れる。
 クリスマスの時期になると、必ずどこからか小さなクリスマスツリーが理科室におかれ、何回取り上げても、朝になると人体模型がおかしな眼鏡を掛けるのだ。



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