夏 の 手 紙  

 完璧だ、と思った。

 白く四角い、厚めの紙……要するに葉書に、薄い水色で空が塗られている。そして、その手前には黄色く元気の良いひまわりが咲く。
 俺が自身で描いた、どんな絵師にも負けやしない素晴らしい絵だ。
 空は今の夏の空のように明るく、眩しく、そして透き通っている。また、ひまわりはといえばまるで本物でもあるかのような、素晴らしい描写をされているのだ。
 これが、水彩で直接描かれたなんて、誰が想像できるだろうか。
 いや、出来るはずがない。
 もし是を鑑定団に提出したとしたら、どっかの誰かが「良い仕事してますねー」とか何とか言って、一般庶民の俺では絶対に目にすることの出来ないような多額の値段を付けるに違いない。
 そして、俺の人生はうはうはになるんだ。
 美術の先生は本当に、なんて見る目がないんだと、常々思っている。
 それはともかく、俺はその芸術的な絵の上に、筆を使って凛々しいながらも清々しい、そういった微妙な字で、こう書いたのだ。

 暑中お見舞い申し上げます

 俺のポリシーは、春夏秋冬、何時の葉書でも全て手書きにする、ということだ。正月になれば当然、友人全てに対して手書きの年賀状を送る。
 そして、どうも友人達は、俺の絵の巣晴らしさに気がついているらしい。多分、俺の才能に対する妬ましさ故だろう、正直にこうは言ってこないが、
「お前のような素晴らしい絵を、毎年無料で受け取るなんて申し訳ない。だから、どうか手書きではなくしてくれ」
 といってくるのだ。
 友人達の
「てめぇのヘタな絵なんざ、見たくねぇんだよっ! いい加減にしろっ」
 という言葉が、俺に対する賛辞の裏返しだという事は良く分かっている。
 全く、正直じゃない友人は困るな。
 そして、今年も俺は友人達に暑中見舞いを書いたのだ。
 美しい空、そして海。
 または日本家屋と、風鈴。
 海と、スイカ。
 様々な種類を描いて、友人達の暑中見舞いとした。

 しかし、この一枚。

 ひまわりの暑中見舞いだけは特別だった。

 なぜならこれは、俺の愛しいハニー(将来予定)に送るものだからだ。そして、俺の愛しいハニーは、この素晴らしい暑中見舞いでようやく……いや、あっさりと俺の手に落ちてくれるはずなのだ。
 俺のハニーは、頭がいい。
 きっとこの絵を見た瞬間に、俺という人間性の素晴らしさまで感じ取ってくれるはず。いや、俺のハニーなんだから、そうであるのが当然なのだ。
 だから。
 俺は筆を置き、出来上がった暑中見舞いを眺めた。
 すばらしい、素晴らしすぎる。
 どの画家にも負けない、芸術性の高さだ。
 しばらく自身の傑作を眺めた後、俺はよし、と気合いを入れて立ち上がった。
 さあ、待っているんだ、マイハニー。
 もうすぐ、俺の熱い暑中見舞いが届く。

 

 ぱたん、と郵便受けの扉を閉じて、彼女は届いた手紙に目を通した。そして、父親宛、母親宛、と順番に振り分けていく中に、自分宛の葉書が一枚だけあることに気付く。
 送り手を見て首を捻り家に入ると、彼女は自分の部屋に上がって、その葉書をじっくり見た。
 水色が塗ったくってある上に、黄色の、なんだろう、丸い物体。
 何かでこぼこしているようにも見えるが、良く分からない。
 それがいくつかと、その下に緑色の線。
 そして、それらの上に大きく書かれた、解読不可能な文字。かろうじて、『い』や『お』だけは読み取れるが。
 当然、送り手の名前も分からない。
 あて先も書いてあるが、どうやら直接入れてきたらしい。自分の名前だけはなんとか読み取る事ができるのは、多分一番気合を入れて丁寧に書かれたからだろう。

 ……誰だろ。悪戯かなぁ?

 そう首を捻ったところで、階下にいる母親が「部活でしょ、早く行きなさい」と言って来る声が聞こえた。
「はぁい」と返事をして、彼女はもう一度その葉書を見てもう一度首を捻ると、悪戯だろうと判断して、屑篭にそれを捨てた。

 元気良く外に飛び出すと、水色をしたきれいな空が広がっていて、それを見た瞬間、あの葉書のことは彼女の頭から綺麗さっぱり消えてしまったのだった。



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