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空を飛んで
ふう、とため息を付いて、私は柵にもたれかかった。
両肘を突いてその上に顎を乗せて。透き通った青空から逃げるかのように両目を閉じると、頬を撫でていく少し暖かくなった風がはっきりと感じられた。
立ち入り禁止になっている屋上に入り込むのは、これが初めてじゃない。入学して一ヶ月もしていなかった気がするが、やる気がしなかったからと授業をサボって見つからないように階段を上っていって、偶然、屋上の鍵が壊れているのを発見したのだ。
ぱっと見は普通に鍵がかかっているように見えたから、多分、このことを知っているのは私だけ。そう思ってうきうきとしながら屋上に出て、空を見上げた。
屋上を囲む背の低い柵は、私の視界を遮らなかった。
だから、その抜けるような青空に、本当に飛び立ってしまいたいと思った。
でも、そんな事は出来ないから。
その代わりに、私は毎日のようにここに入り浸る事にしたのだ。
そうするようになってから、三年。
もう卒業式も終わって、皆ともひとしきり泣いて騒いで。私は誰にも見つからないように注意しながら、この屋上までやってきたのだった。
そして、今、こうして風に当たっている。
柵を両手でしっかりと握り締めて、腕を伸ばし、上を見る。目は、瞑ったまま。そうすると、まるで本当に空を飛んでいる気分になる。
その感覚が、すごくスキだ。
だから、ずっとずっと、できればもう皆がいなくなってしまうまでそうやって空を飛んでいたいと思った。
それなのに。
「お前、なにやってるの?」
聞きなれた声に、私は瞑っていた目をいやいや開く。
予想通りの人物が、不思議そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいた。
私以外に、唯一屋上に入れることを知っていた人物。ワイシャツのボタンを二つほど外して、少し柄の悪く見える、彼が。
「……別に」
気分を害された事にむっとしながら体制を戻して、再び柵にもたれかかる。
そうすると彼は、あっそ、と答えながら私の隣に並んで柵にもたれかかった。私とは違って、外に背を向けて。
「何か、用?」
ちょっとむくれて、外を見ながら彼に聞くと、彼は。お前にじゃなくて、と言ってからにやりと笑って
「屋上に、な」
と答えてきた。
「……あ、そう」
興味なさ気に私は答えて、彼に視線をやることもせずに、広い広い空をみた。
水色をした、でもどこまでも深い、深遠なる青。吸い込まれていきそうで、大好きな色。
しばらくの間、私が黙って空を見ていると、ふと彼が何か歌を口ずさんだ。それは、さっきまで私達が歌っていた歌。
『旅立ちの日に』
私の、嫌いな歌。
「それ、やめてよ」
私がそういうと、彼はぴたりと口を閉ざして、不思議そうな視線を私に投げかけた。
「私、それ、嫌いだから」
答えると同時に「なんでさ?」と聞き返されて、少しだけ、なんと言おうかと迷った後、私は再び口を開いた。
「追い出されてる、そんな気がする」
「そうか?」
「飛び出せ、飛び出せって。そんな事いわれてもさ、感慨にだってふけっていたいのに」
口を尖らせて私が言うと、彼は空を仰いで少し笑った。
「まだガキだろうが。感慨にふけるほどの過去があるのかよ」
「あんただってガキでしょ」
そう答えて、過去だってあるもん、と続ける。
「結構重いんだよ、思い出。しばられて、身動きできなくなるぐらい。せめてそれが取れるまで、待っててよって思う」
「ふぅん」
返事をして、彼はまあ、と言葉を発した。
空を見上げて少し楽しそうに目を細めて。
「俺は、思い出に縛られたかないね。過去も今までの思いも全部抱えて、さっさと先に進みたい。俺は……」
そこまで言って、少し迷うように口を閉ざす。それから、言葉を見つけたのか彼は私の方を見て、はっきりと、告げた。
「俺は、時間に取り残される方がイヤだな」
「……時間に?」
聞き返すと、彼はそう、と頷いて体の向きを変えると私と同じ方向を見た。そして、青い空の向こうをじっと見詰める。
「過去に縛られて、動けなくなるのが一番怖い。だから、俺はこの歌が好き。今はその時だから、この空に飛んでいけっていう、その言葉が好きだな」
「そう」
答えて、黙る。
再び、私達は風を感じた。
青い青い空から吹いてくる風。
空を飛んでいきたい。そう思うぐらい高い高い空。
私は、この空が好きだ。
彼のように直ぐに飛んでいく事は出来ないかもしれないけど。
でも、この空が好きだから。
少し遅くなっても、ちゃんと、この空にとびだっていこうと、そう思う。
卒業用ではなく、何故か入学用に書いた話。
中身は卒業っぽいけど、入学で思いついたから入学用でいいと思う。
友達にはしっかりと突っ込まれた。
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