竪琴弾きと春-10-  

 ・ 

「……」


 黒い、ケンジュウが、一丁。


やめて、と誰かが叫んでいた。
 お願いします、と懇願している誰かが。
 タスケテクダサイ、と悲鳴を上げる人が、居て。
 わたしは、クローゼットの中から、出ることもできず、逃げることも目をそらすこともできず、彼らを見ていた。


 おもいださないで、と誰かが言ってる。
 振り返ってはいけないと見てはいけないと言ったのは、誰だったか。
 わたしは、


「――あ……はは、」


 久しぶりに聞いた自分の声は、低く擦れた、笑い声だった。


「ははは、あは……はは」


 どうして忘れていたのか。
 何で疑問に思わなかった?
 わたしが”彼”に見覚えがあったのは、覚えていたからだ。
 両親を、兄弟を殺した”彼”が憎くて憎くてたまらなかったから、だから覚えていたのだ。
 他の何を忘れても、”彼”の顔だけは覚えていようとしたから。
 だから、


 わたしを殺した、ぱんという長い銃声が耳元で甦る。
 母親が倒れ、赤い血が広がった様子が思い出される。
 それで、わたしは――。


 黒くて重い一丁の拳銃を手に取り、目を瞑る。
 無表情に死んだ家族を見回した”彼”のことを思い出して、唇を噛んだ。
 今更、本当に今更になって、涙が流れてきた。
 拳銃を抱えて蹲り、声を押し殺して泣いた。
 泣き続けた。


 ねえ、みんな。
 わたしは、どうすればいいの?

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