竪琴弾きと春-9-  

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 ずっとやっていた裁縫にも疲れて、少女は大きく伸びをした。”彼”が一緒に居るからといって会話をするわけでもなし、結局は其々の時間を過ごしているのだけれども、一人だと「ヒマだ」と思う。
 裁縫に疲れて顔を上げれば真面目な表情で新聞や本を読んでいる”彼”が居て、気付いてくれないかなと思いながら見ていれば、”彼”は少女をみて笑ってくれた。どうしたの、と声を掛けてくれることもある。
 それだけでも十分気分転換になるし、なんでもないと首を振るか、裁縫に飽きたら”彼”の傍に行く。そうすると”彼”は、文字の読めない少女に代わってその本の内容を教えてくれるのだ。  会話はない。それでも、全く違うのだ。
 ”彼”が読んでくれた話の中で、印象に残っているものがある。

 竪琴弾きが亡き妻を取り戻す為に冥界へと下る、というものだ。幾つかの試練を乗り越えた夫は、妻をつれて地上に戻ることを許される。「地上に出るまでは、決して妻の方を振り返ってはならぬ」そういわれた夫だったが、地上の光が明るくなり喜びに胸打ち震えた夫は、つい妻の方を振り返ってしまう。姿を見られた妻は、悲しそうな顔をして、霞となって消え去っていった。
 何故振り返ってしまったのだろう。そして、何故振り返ってはいけなかったのだろう。
 自分は、自分なら……。
 思いながら、ふと、いつも”彼”が座っている椅子を見る。そう、今”彼”はいないのだ、と思い直した。
「俺の部屋には、入っちゃダメだからな?」
 いつもの優しい雰囲気を忘れそうになるぐらいに厳しい顔でそう言った”彼”は、何かを隠しているのだろうか。わざわざ居間の奥、倉庫の更に奥にある狭い部屋を自分の部屋として、少女には決して入れさせなかった。
 でも、今なら入れる。
 急に、暇で淋しくて仕方が無かった気持ちが浮上した。探険というには少し違うけれど、でも、ソレに近い気分で、うきうきと立ち上がる。”彼”はまだ帰ってくるわけがないのだけれど、一応扉の方を確認して、居間の奥へと向かう。暗い倉庫を通り過ぎて、狭い隙間から”彼”の部屋へ。
 ぎぃっと、扉が開いた。
 光がほとんど入ってこない為薄暗い”彼”の部屋の中に足を踏み入れて、目を瞬かせる。何度かそうやって、ようやく暗さに慣れた目で周囲を見渡した。
 壁に幾つかの服……そのうちの一つは最初に”彼”を見た時と同じ服だったから、軍服、という奴だろう。
 あそこを出てからは”彼”は絶対にそれを着ないのに、何故壁にかけてあるのか。
 首を傾げながら部屋の中にあるベッドに乗る。
 特に、何かあるわけでも無い。普通の……ギシギシと音が鳴るベッドが普通なのかどうか疑問は残るが、少なくとも今の少女の基準からすれば普通のベッドだ。
 しばらくそこでパタパタと脚を動かして、ふと、近接する古い机が気になった。
 ココに住むことに決めた時、”彼”が居心地良く住めるようにと、作ったり拾って来たりしたものの一つだろう。立ち上がりその机の前に立って、表面を撫でる。
 椅子を引いて、勝手にそこに座った。
 どうしようかな、と辺りを見回してから、引き出しの一つに手をかける。重かったそれの中には、本が何冊か入っていて、その次に開けたものの中には、鈍く光り輝く小さな筒状の何かが入っていて首を傾げた。そして、一番上の引き出しを開ける。

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