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竪琴弾きと春-8-
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きぃと音がして扉が開き、相変わらず僕のコートを着込んだままの少女が、居間に現れた。
驚いた顔をして僕を見てから、嬉しそうな顔になり、勢い良く飛びついてきた。椅子ごとひっくり返りそうになるのを何とか止めて、苦笑する。
「ただいま」
僕の首にすがり付いて嬉しそうに飛び跳ねる少女を支えながらそういえば、彼女は少し離れて僕を見てから、それに答えるようににっこりと笑みを浮かべた。
ようやく落ち着いた少女に一ヶ月後に再び町に下りるといえば、不満そうな顔で腕を叩かれた。
何でと問いたそうな表情で僕のことを見る彼女に、ごめんな、とだけ言って軽く頭を撫でた。すると少女は目をすぼめて僕のことを見上げた後に、小さく頷いた。どういう意味なのかは、イマイチ図りかねたけれども。
町で買って来た幾つかの新しい服や手に入れた食料を見ると、現金にも、少女の機嫌はすぐに直った。
新しい服を自分に当ててみたり、僕に押し当ててなにやら真剣な表情で考え込んでみたりと、見ていてこちらが飽きないぐらいに色々とやり始める。僕が町から帰ってくるといつもそうなのだけれど、彼女にとって、これは仕事みたいなものなのだろう。
楽しそうに動く少女を見ながら、ああ、と息を吐き出す。
我ながら矛盾している、と思う。
早く戦争が終わってこの少女が僕から離れていくことを望む一方で、この閉じた世界が永遠に続くことを望んでいる。
本当に、矛盾している。
おかしいんじゃないか、と思う。
彼女を解放してやりたい、というのなら分かる。
その一方で、歪んで冷えたこの空間を、二人でずっと分かち合って行きたいなんて、どこかおかしいとしか思えない。僕は、
ご機嫌取りに僕が何とか探し出した服を着て、どう、というようにくるりと一回転する少女に微笑んで答える。
僕は、どうしようもなく愚かなのだと、心の中で嘲笑した。
さて、一ヶ月もすれば、気温もぐっと下がって冬らしくなるものだ。
前は居間に置きっぱなしだったコートと別の上着と、マフラーとなど様々着込んで出て行く僕を、少女は不安そうな顔をして見送った。
まあ、もうすぐ雪が降ってくる可能性を考えれば、それも当然の反応だろう。しかし、彼女にはどうしても行かなければならないのだと、戦争のことは教えても分かるかどうかが不明瞭だった為に告げず、なんとか説得した。正直、彼が持ってくるだろう情報によっては、吹雪の中歩く価値はある。
念のため、雪が降って僕の帰りが遅くなっても大丈夫なように、薪を全て運び込み、その他諸々の準備は整えて出てきた。冬の間どうすればいいのかを少女はきちんと理解しているはずだから、それについては問題は無いだろう。
がたがたと震えながら冬空の下で彼を待ち、開口一番「それで」と問うた。僕の質問に彼は一瞬だけ眉を顰めたようだったが、すぐに、ああ、と返答してきた。
「予想通り、動いた。この冬が勝負だ」
「じゃあ」
「こっちも大分落ち込んできていたからな。向こうに援助が来て、この冬の寒さだろ。全部向こうに傾くだろ」
軽く肩をすくめながらそう説明する彼は、全く関係ない人間のようにも見えるが、当事者の一人である。そう平然と自国が負けることを話す様子は奇異であったが、僕にとっては、喜びの方が大きかった。
「もう、終わるんだな」
呟くように言えば、彼はそうだな、と軽く同意した。そして、だからな、と続けながら苦笑するような笑みを浮かべて僕のことを見返してくる。
「俺、殺されるかもしれねぇから」
「……ああ」
僕達が戦争の相手としていた奴らは、少なくとも僕らが聞いた限りでは、惨忍で容赦などしないと聞いていた。事実だ、とはいえないが嘘だともいえない。
向こうが勝者となれば、敗者に全ての罪を被せるのが当然。長い間そちらの世界から離れていたから失念していたが、今その世界に住んでいる彼は、この戦いが終われば犯罪者として裁かれる可能性は十分にあるのだ。
「そう、だな」
戸惑いながらも言葉を返せば、「あほぅ」とニヤリと笑われた。
「喜んでおけよ。戦争が終わるんだ。お前も、逃げ隠れしなくてすむ。俺だって、死ぬつもりはないからな」
そう言われれば、そうだな、と笑い返すしかなかった。
僕は彼と同じように笑ってやって、昔やったようにパシンと手を打ち合わせた。昔、そう、今度こそ死地に赴く結果になるのではないかと、そう思った時にはこうやって手を打ち合わせたのだ。仲間内でやっていた、言葉にできなかった、さよならの挨拶だった。
「達者でな」
「ああ、お前もな」
言葉を交し合って、背を向けて歩き出す。
彼が去っていく気配を感じながら、僕は吐息を吐いた。
どうしようもないほどの虚無感が、あった。
僕は、彼らに対してひどいことをしたのかもしれない。自分の少女に対する罪悪感の為に、彼らを置き去りにして逃げてきたのだ。これは、ただの結果論でしかないかもしれない。それでも僕が、誰に対しても裏切り者であることに、代わりは無かった。
表通りにでると、冬の冷たい風が通り過ぎていった。思わず首を縮めて、マフラーに顔をうずめる。早く帰ろう、と思った。いつ雪が降り出すともしれないこの状況で、長く町に滞在するわけにはいかないだろう。
少女をひとり、あの山小屋に残していることが、この時ばかりは、何故か気になって仕方が無かった。
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