竪琴弾きと春-7-  

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「……ええっと」


 荷物を床に置き、しゃがみ込んで眠り込む少女を覗き込む。
 僕のコートを着込んで、幸せそうにすやすやと眠り込んでいる少女を起こす気にはとてもではないがなれなくて、どうしようか、と息を吐いた。
 このコートだけでは寒いだろうし、ベッドまで運んであげた方がいいか。
 そう思い、僅かな躊躇の後に少女を抱き上げた。
 少女は、すごく軽い。僕が最初に彼女を見つけた時も軽いと思ったけれど、それが小柄だからなのか痩せすぎなのかは、イマイチ分からなかった。
 もっと何か食べさせた方が良いのだろうか。
 僕のコートはそのまま、少女をベッドに寝かせて蒲団をかける。気付く様子もなく眠り続ける少女に笑みを浮かべ、部屋から出ようとそっと立ち上がろうとしたところで、ふと、少女が軽く僕の服を掴んでいることに気が付いた。
 一緒に居て、と口だけでしゃべっていた少女の様子を思い出す。
 何も分からないあの状況の中で、彼女が何故僕を頼ろうと思ったのか、それは分からない。けれど、僕だけを頼ってきた以上、見捨ててはならないと思ったのだ。


 だけど


「……ごめん」


 聞いてはいないと分かっていながらも小さな声で謝って、少女の手を外す。僅かに顰められた少女の眉に気付かないフリをして、蒲団の中にその手を収めさせた。


「ごめんな」


 僕には、そんな資格はない。


 あの時、気を失っていた少女を見つけて、誰にも見つからないように僕らのテントに連れてきたのは、紛れも無い僕自身だ。
 それが命令違反であり、許されない行為だとは知っていた。それでも、見捨てておくことはできなかった。


 彼は、僕のことを馬鹿だと罵った。


「捨てて来い。ばれないうちに、殺して来い。俺まで巻き込まれるのはゴメンだからな」
 彼がそうやって声を荒げるのは、珍しいことだった。
 しかし、その気持ちもわからなく無い。だから僕は声を荒げることはせずに、放っておくことはできない、と反論した。
 それに対し、彼が何を言おうとしたのかは、知らない。僕らの騒ぎが五月蝿かったのか、少女が目を開いたからだ。
 起き上がり不思議そうに僕らを見る少女を前にして、さすがにもうこれ以上騒ぐことは、彼にもできなかったらしい。軍医を含め三人で話し合い、僕が全責任を負うという条件の下で、二人の協力を得ることにした。
 彼らも、一度助かり目を覚ました少女を目の前に、見殺しにしろ、とは言えないようだった。


「協力はする。だが、危険だと判断したら、それ以上は協力しないからな」


 言われて、分かってる、と答えた。
 彼らの協力もなく、少女を連れて脱兵することはできない、と思っていた。
 だから、そういってもらえることはありがたかったし、今でも協力をしてくれる彼には、感謝もしている。


「生きたいか」


 そう聞いたのは、たんなる理由付けで、逃げ道だった。
  何も分からない少女が、死にたいというはずが無い。そう踏んで聞いた卑怯な言葉で、それを根拠に僕は自分の行動を正当化することにした。防衛線でもあった。


 僕は、少女の望みをかなえたのだと、そう思わせること。
 彼女が僕を恨む結果になった時に、恩人となった僕を、どう思うのか。
 僕なら――……。


 軽く首を振り、息を吐く。
 少女を連れて脱兵した僕は、幾つかの町を転々としながら、戦火の届かないところとして軍医に教えられていた、この麓の町に辿り着いた。
 しかし、そこにも戦争の手は伸び始めていた。
 恐ろしいのは、人間だ。
 誰かに、僕がココに逃げているとばれてしまうこと。そうすれば、脱走兵として殺されるのは確実だった。
 死ぬことは、構わない。どうせいつかは殺されるのだろうと、そう思いながら過ごしてきた。どうせなら、早く殺してくれと思ったこともあった。けれど、今の僕は、少女を置いて死ぬわけにはいかない。彼女を放って死ぬことは、少女を見殺しにすることと同じだ。


 だから、この山小屋に逃げた。


 慣れない生活に、少女はかなり戸惑っていたし苦労もさせただろうと思う。しかし、少女は文句も言わず(言えないだけだろうが)、ここでの生活に順応していった。
 最初の冬の冷たさにも、彼女は文句は言わなかった。
 町に下りたいといわれるのではないかと危惧していたのだが、それも無用だったらしい。少女は寒さに震えながらも、大丈夫だというように微笑んでくれた。


 救ったと思った少女に、救われた。


「……一ヶ月、か」


 居間に有る椅子に座り背を預けて、低い天井を見上げる。
 本当にこれで戦況が変われば、少女との生活も終りを迎えることになる。


 当然だ。


 僕は元々、彼女の傍に居るべき人間ではない。少女が一人で生活できるように手伝う程度はしても、その後、彼女の人生に介入することは許されないだろう。そもそも、彼女を助けようと思ったのは懺悔の気持ちからだ。そんな理由でずっと付いてこられても、彼女だって迷惑なだけだろう。
 戦争が終われば、平和になる。平和な町というものを、少女は見たことがあるだろうか。冬が終り春がやってくるように、町にも活気が戻ってくる。少女と共に、そこへ降りていきたい。人々の笑いあうその空間へ、彼女を連れて行ってやりたい。


 そうしたら、僕は……――。

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