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透明で美しく
誰かが言っていた。
自分が誰かと全く違う存在とだと気が付いた時ほど、切ない事はない、と。
他の人たちは一体感を持っているかのようにずっと一緒に凝り固まっているのに、自分は異分子だから絶対にその中に入れてもらえない。その事に気が付いた時以上に、虚しいことはない。
でも、僕はそんなことはない、と思う。
別にその人に反抗するつもりはないが、異分子である方が余程いいと思うのだ。透明で、全くその存在を感じさせないような存在よりは。
異分子は、自分という存在をきちんと認識してもらえる。
例え排除された形であれ、自分を自分という固有の色を持った存在として認識されるのであれば、それはそれで感謝してしかるべきなのだと思う。自分が存在しているのだという錯覚にも近い確信を、周りの人が持たせてくれるのだから。
それなのに僕は、気が付いてしまったのだ。
自分の存在が、いや全ての人の存在がどこまでも透明で澄み切っているということに。全ての人はどうせ同じで、幾らでも代えられてしまうような簡単で単純なもの。一人一人違う色が付いているように見えるのは所詮見せ掛けで、結局は皆溶け込むように同じ透明色の中に入り込んでしまっている。
だから僕は、どうしてだろうと首を捻るのだ。
どうして皆、気が付いていないのだろう。
皆が透明で一緒くたにされているという事を証明するような場面は、あちこちに存在する。
小さな頃は学校から始まって、学生時代、雑踏の中に居る自分も、そして電車の中で人にもまれる自分にどうしようもない切なさと一緒に透明感を感じた。そういった時、このまま他の人に溶け入って、僕という存在が消失しても誰も気付かないだろうという考えが僕の頭を支配するのだ。
むしろ、溶けてしまいたい。
自分という透明感にむなしさを感じてしまわないように。そう思うぐらい、自分という存在感の無さに、僕は押しつぶされそうになっていた。
だから、なのかもしれない。
自分が誰とも好感する事の出来ない者なのだと、透明ではなくとてつもなく淡い音でも構わないから何か色を持っているということを証明したいと、そう思ったのだ。
それには、友達ではダメだった。多分彼らは僕が居なければまた新しい友人を探すだけだろうし、そもそも彼らと僕との出会いには必然はないと思われたのだ。
友人は、一人ではない。
何人も人が居て、僕はその中の一人であった。それは僕が悲観的だからそう思っているわけではなく、彼らにして見てもその通りだという事は明白だった。
僕には、心のうちを打ち明けるような友人は誰一人としていない。それは多分自分があまりに透明すぎるからであるだろうし、他の人にとっても同じようなものだろうと思われた。
だから、僕は求めたのだ。
僕だけを見て、僕だけを認めてくれる人を。
僕だけの――誰かを。
それは、他の人にしてみれば、恋愛からは程遠い感情だったのかもしれない。
しかし残念なこと、かもしれないが僕には恋愛という感情が理解できなかった。
独占したいわけでもない、ただ僕だけを見てくれる誰かが欲しかったのだ。僕に色を見てくれる存在で、透明でしかない他人の中で浮かび上がるように存在する誰かが欲しかった。だから僕はその感情を恋愛と置き換えたのだ。
特定の誰か、運命という名で定義される必然に結ばれた、代わりの存在が絶対に存在しない誰かを欲しいと思う、その感情は恋愛と変わらないだろうから。
そして僕は、いつしか彼女に恋するようになった。
それは僕が彼女の中に色を見出したわけではない。彼女の方が、どういうキッカケがあったのかは知らないが、僕にほれ込んできたのだ。何度も何度も僕に話しかけて来た後に、良く話すようになり、そして僕に告白してきたのだ。
僕はそれを受けた。
別に、好意があったわけでは無い。ただ彼女が僕を見出したのなら、彼女は僕の中に何か色を見つけたということなのだろう。
それなら、僕を僕という存在として認知してくれる彼女の中に透明以外の何かの色を僕が見出してあげる、それが必然だと思われたからだ。
彼女と数年付き合って、大学卒業二年後、僕らは結婚する事にした。特に大きな喧嘩もなく、付き合いとしては何のドラマもないものだったが、彼女としては幸せだったのだろう。
僕には、良く分からなかったけれど。
結婚してからも、それは変わらなかった。
表向きは幸せな結婚生活で、娘も生まれて仲睦ましい家族に見えたはずだ。それでも僕にはやはり、かすかな色すらも見出す事は出来なかった。
僕が誰かと変わっても、彼女達は困らない、という事には確信があった。
彼女は僕が気が付いていないと思っているだろうが、まだ若く美しい彼女には新しい男が居るらしかった。娘も、まだ幼い事もあって僕が居ない間にその男に懐いているらしい。
ほらね、と僕はくらい道のど真ん中、家の方を眺めながら呟くのだ。
男が僕の娘を抱き上げて、まるで本当の家族のように笑っていたのだ。彼女が笑いながらお盆を持ってきて、冷たい飲み物を男に渡す。
そして、庭に面したその道に僕がたたずんでいるのを見て、凍りついた。
それもそうだろう。
僕は今日、出張で帰って来ない予定だったのだ。
でも、それは嘘。
彼女もやはり僕の色を見出していない事を、僕が透明である事を、世界中の人間が透明である事を証明する為に、わざわざ付いた嘘だった。
自分以外に見ることは無い、発問とその証明。
そして、それははっきりと僕の前に提出された。
僕は、少し微笑んで、口を開く。
その言葉は、彼女には聞こえたのだろうか。未だに動けないで居る彼女に背を向けて、僕はそっと家に背を向けた。
僕が向かおうとするその道は、暗闇に飲まれては居なかった。
どこまでも透明で、どこまでも澄み渡った、美しい世界。
僕はようやく気が付いたのだ。
透明な世界に気が付いてしまった僕には、そこ以外に居場所は無いのだと。
だから、溶け込んでしまおうと思う。
その透明で、純粋な世界に。
そこに溶け込んでしまえば、僕は何ものでもなくなってしまう変わりに、哀しい事も、なくなるから。
だから。
さようなら。
彼女に向かって僕がそう呟いた瞬間、世界に、ひびが入っていた。
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