チョコレート・後  

「やっぱ、チョコ欲しいんだ?」
 突然上がった彼女の声に、彼は不思議そうな顔をした。彼女の方に顔を向けて、返事を求められている事にようやく気付く。
「……まー、作れないんじゃしょうがないんじゃん?これだって、もらえただけ嬉しいし」
 語尾の方がどんどん小さくなっていくのを聞いて、彼女は「わかったっ!」と元気良く声を上げた。
「何も作らなくてもいいんだよねッ!私がおごるから、チョコ選んでよ」
「…………は?」
 思わず上げた彼の声を無視して、彼女はそのまま言葉を続ける。
「スッゴイおいしいチョコ売ってるお店知ってるんだ。そこ行こっ!ねっ?」
 そう言って、有無を言わせずに彼の腕をつかんで引っ張って行った。大通りを通って、女性のたくさんいる道の間を縫い、境目のはっきりとしない店の中へと入った。
「……なあ、いらないから、外でて良いか?」
 店の中に女性ばかりが沢山いるのに耐えかねた彼が声を上げると同時に、彼女に不満そうな目で見上げられた。そして、
「やだ」
 の一言で返される。はあ、と彼はため息をついた。何を言ってもチョコを買うまでは離さないつもりなのだと悟ったのだ。
 彼女に引っ張られて、女性客から少々離れた所にあるスチールの棚の前まで来た。その棚には、幾つもの四角い小さな箱が並んでいる。経済的な面を考えると、この辺りに置いてあるチョコが精一杯だと言う事だろう。
「まず、これはねえ」
 と言って、彼女は右端にある箱を指差す。
「口に入れるととろーってするんだよ」
 しばらくしてから彼は、彼女の言葉を解読した。
「……生チョコってことか」
 彼女はその言葉に笑顔で答えて、左隣の箱を指差す。
「これはね、どろーってするの」
「…………え、液体?」
 彼の疑問には答えずに、彼女はその隣の箱を指差した。
「でね、これがにょろにょろ」
「……にょ……いや、もう何も言わない」
 彼が呟いて明後日の方向を向くのに気がついた彼女が、彼の手を引っ張って注意を戻す。彼女の方を見て、彼は再び彼女の指差す箱……先ほどの隣の奴に目線を向けた。
「で、これがきょろきょろ」
「もう、とろけるとかの範囲超えてるだろ、それ」
 聞こえたのか聞こえていないのか、彼女は目線を彼の方に向けて、
「どれがいい?」
 と笑顔で聞いた。沈黙して、彼は目線を箱の方に向ける。先ほどの彼女の音声を思い出しながら、彼は一番最初の箱を指差した。
「これしか、チョコっぽいのがない」
「はーい、じゃ、これ買って来るよ。外で待ってて」
「へーい」
 そう返事をして、彼はできる限り目立たないようにして店を出て行った。

 先ほどの公園のベンチにまで戻って、彼らは買ったばかりの箱を開けた。茶色い、円を潰したような楕円系の物が幾つも並んでいる。
「じゃ、もらうぞ」
 彼が一番手前にあったそれを手に取り、口へと運ぶ。
 ……サク。
 しばらく考えるように下を向いて、わくわくと楽しそうな顔をしている彼女の方に向き直る。
「あのさ、これ、クッキーじゃないか?」
「……ほえ?」
 驚き、不思議そうな顔をした彼女がそれをもう一つ箱から取り出し、食べてみた。再び、サクっという音がする。
「ほんとだー。あれえ?なんでだろ」
「俺に聞くな。こっちが聞きたい」
 彼にそう返されて、彼女はうーん、と唸るようにして考え始めた。かなり時間が経ってから、ぽんっと彼女は手を打った。
「わかったーっ!チョコの棚、もう一段上だったんだッ」
 大発見、というような感じで楽しそうに言う彼女をみて、彼はとりあえずため息をつき、手にあったクッキーを全て口に入れた。
 そういえば、彼女からチョコをもらったことはあったっけな、と彼は思った。



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