入学式  

 彼は、未だほんのりと暖かくなりかけた日差しの中を少し急ぎ足で歩いていた。どうせ走っても間に合わないなら歩いてしまおうか、とも考えたのだが、やはりそれでは余りに新入生が可哀想かとおもう。
せっかく、久方ぶりにこの時期に上手く桜の花が咲いたのだから、やはりいい思い出であってもらいたいと思うのは彼の心情だ。
あまり表情を表に出さない彼がそう考えてると知れば、彼のクラスメートは仰天するはずだ。
 ふと学校の前に植えてある桜並木が視界に入り、ようやっとここまでやってきたのかと思った。ひらひらと、ピンク色の物が視界の中を舞っている。彼は余り、ピンク色というものは好きではなかった。しかしここに植えてある桜の木は毎年、薄く淡い桜色か、白の混じったピンクの花しか咲かすことがない。
 歩みを止めると同時に下げていた視線を上げると、ひときわ大きな桜の樹を見上げている人がいるのに気が付いた。その人は長い黒い髪を持つ、少女だった。この学校の制服を着ているには着ているが、彼はみた事がない。
 余り人数の多い学校でもないし、あれぐらいの髪の長さがあれば嫌でも目立つだろうとおもう。
 新入生か、と彼は納得した。
 しかし、入学式はすでに始まっているはずである。彼は不審に思いながらも彼女に近寄った。
「おい」
 声を掛けてみると、彼女はうわあっと大げさに驚いて彼のほうを見上げてきた。どうやら、このリアクションはわざとではないらしい。
「みた事ないけど、お前、新入生?」
 聞いてみると、彼女は不思議そうな顔をして、しばらくの間小首を傾げていた。それから、ぽんっと手を打つ。
「あ、ここの学校の人?」
「ああ、そうだけど」
 肯定すると、彼女はにこっと嬉しそうに笑った。
「私ね、転校生なんだけど、職員室がどこか分からなくて……」
 てへっと笑っていう彼女の言葉を受けて、彼は一瞬悩んだ。
 転校生、転校生という事は彼と同い年か1つ上でしかありえない。がしかし、幼い顔付きをしている彼女からは、一つ年下と言われても納得できない雰囲気があった。
「お前、何年?」
「2年よ。なんで?」
「……………………マジ?」
 聞き返してから、彼は彼女が傷ついた……というか怒った顔をしているのに気が付いた。どうやら、彼女の場合そう聞かれるのが日常茶飯事であり、更にそう聞かれるのが嫌いらしい。
 そう汲み取った彼は彼女の怨めしそうな視線を避けながら言葉を紡いだ。
「わかった、職員室まで連れてってやる」
 彼の言葉を受けて、彼女はぱあっと顔を輝かせた。
 まったく、良くこんなにころころと表情を変えれるものだ、と彼は感心した。
「けど、今は入学式の途中だ。誰もいないかもな」
「えー、そんなの、困るよォ」
「言うな。俺が困る」
「ぅう……」
 彼女が、小さくうめく。そして、悩むように視線を地面の方へと向けた。長い髪が下がっているのが気になった。しばらく眺めていると、彼女はポンっと手を打ち再び彼の方に視線を向けた。
「じゃあ、終るまでまってれば良いんだねッ!ここ、桜綺麗だし、しばらく見ていたいもん」
「……あそ」
「うん、だから、一緒に時間潰してよーよ?どうせ、今更中にはいれないでしょ?」
 以外に、鋭い事を言うなっと思った。
 たしかに、今更入ってもどやされるのが落ちだ。こいつを連れていけばどうにか言い訳できるかもしれない。
「ねえ、いいでしょ?」
 彼女にニコニコと笑いながら聞かれて、彼は
「そだな」
 と答えた。
 強い風が目の前を通り過ぎると、淡いピンク色をした花びらが幾つも上から舞い降りてきた。その中の一枚が彼女の黒い髪に付いたのが、ちょっとだけ気になった。



当サイト内の文章・画像の無断転載・使用を禁止します

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送