自転車・前  

 白い、大きな建物だった。浮き彫りにされたような文字で図書館と書いてあり、日光を反射して光っている。
 緑色の葉が大きくなりはじめ、ピンク色の花が散っている季節。暖かい風が吹いて、葉を大きく揺らした。
 白い建物の中から、一人の少年が出てきた。少し濃い茶色の髪が短くはねていて、元気のよさを感じさせなくも無い。
 その少年の腕にしがみつくようにして、少女が追いついて来た。長い黒髪を持つ少女で、少年の横にいると、かなり小柄に見える。
 二人は何か談笑しながら、自転車置き場に近づいていった。彼が何か手提げを持っているのがわかる。彼女は彼の言葉に笑いながら、自転車の鍵を探そうとポケットを探った。  そして、立ち止まる。
 何事かというように、彼も立ち止まった。
「あれー、鍵が無いよぉ?」
「は?鍵って自転車の?」
 彼の質問に、彼女はそうだと頷きながら反対側のポケットも探った。服についているポケットを全て探って、小さく首をかしげる。
「あれぇ、やっぱり無いよぉ……」
 言って、彼女は地面を見渡した。あるはずが無い。
「図書館中で落としたんだろ。戻って探そうぜ」
「うん……そうだね」
 そう答えて、二人は再び図書館の中に戻った。扉をくぐり、絨毯のひいてある部屋の中へと入る。
「ここにも来たよな」
 そう言って彼が近寄ったのは、本検索用のパソコンだった。出入り口から一番近くにあるもので、入ってすぐに目に付いたからそういったのだろう。
「う〜ん……。あっ!」
 彼女が突然大きな声を上げて、彼のほうを見上げた。振り向いた彼と、視線がぶつかる。
 彼女はじたばたと腕を動かして、そのパソコンの方を右腕で指差した。
「……どったの?」
 あうあうとパソコンのほうを指し続ける彼女に呆れた顔をして、彼は小さな、それでも聞こえるような声で聞いた。彼女の行動をどうにかできないかと、彼はそちらのほうを考えていた。
「あのね、あのね、ここにね、鍵おいたの!」
 ようやく言葉が見つかったらしい。そういった彼女の言葉を受けて、彼はそのパソコンの周りの床を見回してみた。
 ない。
「誰かにとられたのかもな」
 ぼそっとつぶやいた彼の言葉に答えるものは、いなかった。彼女は、いつの間にかカウンターへと歩いていっていたのだ。彼は小さくため息をついて、彼女のあとについていった。
「あのあの、鍵、来てませんか?」
「……はい?」
 あまりに単刀直入の言葉に、カウンターの人は理解できなかったらしい。顔にハテナマークを浮かべて、彼女のほうを見返した。
「自転車の鍵なんですよ。ここの中でなくしたみたいで。パソコンの辺りで一度おいた記憶はあるそうなんですか、さっき見たらなくなってたんです。こちらに、落し物で来てませんか?」
 身を乗り出して更に意味不明なことを口走ろうとした彼女の腕を引っ張り引き寄せてから、彼は係員の人に言った。そういわれて、係員は納得した顔をした。
「少々お待ち下さい」
 といって、係員はカルテのようなものを取り出した。数枚ぺらぺらと紙をめくりながら、順番に目を通していく。しばらく待っていると、係員は小さく首を振って顔を上げた。
「来てませんね。探し物として、出しましょうか?」
 そう、彼のほうに聞いてみる係員。彼は、一瞬迷った顔をしてから、「どうする?」と、彼女のほうを見下ろして聞いてみた。
「うーんっとねぇ……しておくー」
「ということです、すいません、お願いできますか?」
 子供っぽい彼女の言葉を受けて彼がそういうと、係員はにっこりと営業スマイルを浮かべて紙を取り出した。どうやら、住所やら何やらを書くものらしい。
 そう理解して、彼は彼女を前に押し出した。不思議そうな顔をして、彼女が彼を見上げる。
「届けだすんだろ。これ、書けってよ」
「あっ!うん、わかったぁ」
 言われて、初めて紙の意味を理解したらしい。彼女はいそいそとボールペンを受け取ると、自分の名前や住所を書き始めた。
 係員の人に言われて、出来る限り詳しく鍵の特徴も描く。
 しかし、こんなので見つかるのだろうかと思った。はっきりいって、隣で見ている彼には、彼女の描いた絵が何なのか分からないのだ。多分、鍵は見つからない。
 しばらくして紙を書き上げた彼女は、にこっと笑ってそれを係員の人に提出した。係員の人も、営業スマイルでそれを受け取る。
 それじゃあと外に出てから、彼は彼女に「どうすんの?」ときいた。
「どうするって、なにが?」
 キョトンと不思議そうな顔で聞き返してくる彼女に、小さくため息をつく。
「鍵ついたままなんだ、乗れないだろ。押してくか?」
 語尾に、俺がというイントネーションをるける。彼女は気付いてないのかしばらく迷った後、ぽんと手を打った。
「なら、鍵を開ければいいんだよね?」
 きらきらと目を輝かせる彼女の言葉を理解するのに、しばらく無言で空を見上げる。抜けるような空の下を、一羽の鳥が飛んでいった。
「どうやって?」
 ようやく聞き返した彼ににこっっと笑って見せて、彼女は長い髪につけていたヘアピンを取り出して見せた。黒いヘアピン二本が、彼女の手の中で光を反射する。
 彼氏が無言で彼女に説明を求めると、彼女は待っていましたとばかりに身を乗り出してきた。反射的に、少しだけ彼は身体をのけぞらせる。
「ほら、怪盗とかドロボーとかってヘアピンとかでチョコチョコって鍵を開けるでしょ?お兄ちゃんも部屋の鍵開けてたし、やり方教えてもらったから大丈夫だよっ!」
「…………ナニが大丈夫なんだよ……?」
 ぼそっと彼が聞くが、彼女の耳には届いていない。または、届いていたとしてもしゃべりたいがために無視した。
「あのね、鍵の中の出っ張りを引っ込めるように押してから奥にある出っ張りを押して、ぐるってまわせば大丈夫なんだよっ!そう、お兄ちゃんがいってたもん」
 やたらと意気込んで言う彼女に、小さくため息をつく。彼女の兄……多分、次男のほうだろうとは思うが、何故そのようなことを知っていて彼女に教えるのだろうと思った。
 それに、この勢いの付き方からすると、絶対にやらなければ気がすまないだろう。
 そう感じ取って、彼は
「じゃあ、やってみろよ」
 と投げやりに言ってみた。

それが、失敗だった。



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