金魚  

 珍しい髪型と珍しい姿をしている、と思った。実際最初に思ったのはそれだけで、次にようやく、ああ、似合ってるなと彼は思った。と言っても、横に二つに結んだ髪型がいつも以上に彼女を子供っぽく見せてはいたけれども。
 普通、浴衣を着たときは髪を一つに纏め上げるのではなかったか、と疑問に思ったが口には出さなかった。
「ふふー、どうどう?似合う、似合う?」
 嬉しそうに笑ってくるくるっと目の前でまわって見せた彼女に失笑して、彼は「似合う似合う」と適当に答えた。
 それでも満足したらしい彼女は再び嬉しそうに笑って、淡い水色をした振袖を振り回して彼の腕を取った。
「ね、ね、早く行こう?私、夏祭りなんて初めてなんだもんっ!」
 いつも以上に笑顔を振りまきながら言ってきた彼女の言葉に、彼はなるほどと妙に納得した。転校してきた彼女にとって、この辺りの夏祭りと言うものは珍しかったのだろう。だから、いつも以上に(?)楽しそうにはしゃぎまわっているのだ。
「そうだな、さっさと行くか」
 ほぼ毎年来ている夏祭りは、行事ごとの嫌いな彼にとって騒音以外の何者でもなかった。しかし彼は楽しそうな彼女に合わせて笑顔でそう答え、彼女にひっぱられるようにして彼は夏祭りの会場の中へと入っていった。

 ふと彼女が立ち止まって、きらきらと顔を輝かせた。
 どうしたのかと思い彼が彼女の視線を追っていくと、屋台の一つへとそれはぶつかった。ついでに、大きな箱状の水槽の奥に座った目つきの悪いおっさんとも目が合う。
 彼は、すぐに目線を彼女に戻した。
「もしかして、金魚すくいってやったことない?」
 とりあえずと言った感じで彼が聞いてみると、彼女は元気良く頷いた。首の動きに合わせて跳ね上がった髪を手で払いのけて、「欲しい?」ともついでに聞いてみる。
 彼女が、うれしそうに彼のことを見上げてきた。どうやら、欲しいらしい。彼女の期待に満ちた視線を受けて分かったよ、と彼は答えた。そして、彼女の腕を掴み人ごみに流されないようにしながら、二人そろってその屋台の前まで出た。
「らっしゃい」
 低く野太い声でいわれて、このおっさんは本当に子供相手の商売を成り立たせているのだろうか、と彼は少しだけ疑問に思った。
「どっちがやるんだい?両方?」
 やけくそとも聞こえる声である。……本当に、商売をしているのだろうか。思わず浮かんできた素朴な疑問を心の中にとどめ、彼は、彼女に「やりたい?」と聞いてみた。
 彼女は「うーうー」とうなりながら泳いでいる金魚を目線で追った。が、すでに目線からして追いついていない。こいつは、捕まえるのは無理だと即座に彼は悟った。
 しばらく黙って見ていると、彼女は目が回ったらしく彼の方を見上げて「無理ー」と言って来た。だろうな、と妙に納得する。 「俺やります、いくら?」
「百円」
 おっさんにいわれた金を払って、代わりに小さなおわんと網を受け取る。彼はしばらく何匹かの金魚を目で追ってから、「どれがいい?」と聞いてみた。
 彼女はしばらく驚いた顔をしていたが、すぐに「えっとね」と言ってから
「赤い小さいのと右の方にいる黒い奴」
 と答えた。どうも彼には、赤い小さい奴と言うのはどの金魚にも当てはまるような気がしたのだが、比較的小さな金魚を見つけてひょいとおわんに移した。「おー」と彼女が声を上げ、おっさんが苦虫をつぶしたような顔を作る。
 金魚は戸惑ったようにおわんの中をくるくると泳ぎまわっていた。
 彼は再び視線を水槽に戻して、彼女談「右の方にいる黒い奴」を探した。そして、三匹ほど見つけた。
「……なあ、どれ?」
「えっとねえ、だからね、黒いクルってした目をしてる黒い奴」  良く分からない日本語で答えられたが、彼はとりあえず一匹に狙いを定めてひょいとそれもすくった。後ろで彼女が「それー」と騒いでいるからには、どうもそれであっていたらしい。……違いは、良く分からなかったが。
「他、いる?」
 聞きながら、持っている網の破れ具合を見る。何年か前にやったときに比べれば穴の開きは大きいが、まだあと一、二回は水につけなおして大丈夫だろう。
「みゅー、取れるなら、あれがいい」
 彼女が言ってさしたのは、何故か出目金だった。どうして最後の最後になってそいつをさすのだろうと疑問に思ったが、わざとではない限り別にいいかと思い直して再び彼は網を水中につけた。
 ひょいとすくっておわんに移す途中で網が破け、金魚が水中に落下する。あがった水しぶきが、彼の服を軽くぬらしていった。
「あ……」
 小さく彼が声を上げると、彼女が後ろで「ふわー、ぬれてない?大丈夫?」と慌てた声を掛けてきた。小さく笑って大丈夫だと答えながら、彼は金魚が二匹だけ入ったおわんをおっさんに渡す。
 何故か嬉しそうな顔をしたおっさんがそれを受け取り、金魚をあらかじめ準備されていたらしい水の入った袋の中に入れて、口を縛った。渡された袋を受け取って、彼女に渡す。
「うわー、すごーい。金魚だぁ」
 純粋に喜んでありがとうと御礼を言う彼女を見て、彼は、まあ騒音もたまには悪くないものかなと思い直した。



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