T LOVE YOW  

 珍しい髪型と珍しい姿をしている、と思った。実際最初に思ったのはそれだけで、次にようやく、ああ、似合ってるなと彼は思った。と言っても、横に二つに結んだ髪型がいつも以上に彼女を子供っぽく見せてはいたけれども。 「なにやってるの?」
 聞きなれた声に驚いて、彼女は慌てて振り返った。テーブルの上に置かれたいくつものボールや型ががちゃっと音を立てる。
「な、なんでもないもんっ!」
 後ろで一つに結ばれたポニーテールがぶんぶんと左右に振られて、それがボールにぶつかりやしないかと彼は心配になった。小さく苦笑しながら彼女の後ろを覗き込み、ああ、そういえばもうすぐバレンタインだったなと思い当たる。
 茶色いトロリとした物体が、銀色をしたボールの中に入っており、いびつな形をしたハートに見えなくも無いものがいくつも転がっていた。白い文字で「T LOVE YOW」と書かれており、明らかに失敗している。
「相変わらず下手だなあ、兄貴として俺は悲しいよ」
 およよ、と泣き崩れるまねをしてみせると、彼女は面白い具合にぷうっと膨れ上がった。
「だから、今練習中なのっ!ケイ兄、お願いだからじゃましないで」
 しっしと追い払うようなしぐさを見せる彼女を見て笑いながら、妹のいつも貧乏くじを引いていそうな彼氏に同情する。確かに見てれば面白いとは思うが、なんで見た目しっかりとしているあの男が何故この妹に惚れたのかが良く分からない。
「いいのか、そんな事言って?俺が何を得意としているのか、もしかして忘れちゃってるのかな?」
 にっこりと笑って言うと、彼女はまた正直にうっと言葉に詰まってボールの方を振り返った。しばらくそれを眺めてからもう一度彼の方を振り返り、
「ケイ兄ぃぃ」
 泣き声を出した。小さく笑いながら彼女の手にあったホワイトチョコレートの入っている、白い絞り袋を手に取る。
「いいか、これで文字を書くときは」
 といいながら、敷いたアルミホイルの上に文字を書いて見せた。それは、彼女から見れば魔法のように見えたことであろう。「おおっ」と声を上げるのを横目で見て楽しみながら、バイト先のケーキ屋で教えてもらったことを丁寧に教えてやる。といっても、彼女がそれを本当に分かっているのかどうかはまた別の問題だが。
「チョコを溶かす時は、チョコレートの温度を55度まで上げて、今度は冷水に浸けて29度まで温度を下げる。そして更に、32度まで温度を上げる。それをやらないと、チョコレートの中には何種類かのカカオバターが入っているから、チョコのツヤがなくなったり、白い斑点が出てしまうんだぞ」
 言いながら、お湯を使ってチョコレートを溶かしていく。家でやるときにここまでする人はそうそういないだろうな、と思いつつ、たまにはあの男が貧乏くじ以外のものをひいてもいいのではないかと思った。
 チョコレートが溶けきったのを確認し、型を流し込める状況下にして彼女の目の前に置く。
「これぐらいは自分でやれよ。いくらなんでも、俺がお前の彼氏の為にこれを作るのも、意味が無いだろ」
 そう言ってボールを渡すと、彼女はありがとうと言いながらそれを型の中へと流し込んで言った。そして、こぼしたりしない様に注意をしながら、冷蔵庫の中へと押し込む。
「後は、固まったら文字を書くだけだな」
 言うと、彼女は「そうだねっ!」と元気良く頷いた。てきぱきともう必要と無くなった物を片付け始める姿を見れば、主婦に向いていると思えなくも無いのだが。
 固まったぐらいになればここにくればいいかと思い、彼は彼女に背を向けた。確か、兄貴が部屋にボードゲームを置いていたよなとおもいつつ。


 それを見て、思わず唸ってしまった。これは、ある意味能力だろうと思う。逆に、どうやったらこうなるのか教えて欲しい、と彼は思った。
 型に流し込んで冷蔵庫に入れる過程では何も無かったように見えるのに、何故かそれは少しいびつなハート型だった。自分が何か手法を間違っていたとは思えないが、というかこんなことで自分が失敗していたらバイトなど出来ないのだが、しかし目の前にあるのはやはり失敗作のようだ。一体何が起こったのか、これこそ魔法のように思えた。
「すっごーい、ケイ兄、ありがとねっ!いっち番うまく出来たよ」
 今までおまえは何を作っていたんだ。
 そう聞きかけ、どうしようもなく怖くなったので、彼はそのまま「どういたしまして」とだけ答えた。そういえばこの後に文字を書くという作業が残っているのだが、どう考えてもうまく行きそうになかったので、「用事があるから」と言ってその場から逃げることにした。
 やはり、彼は貧乏くじを引く運命にあるらしい。



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