笹  

「ねえねえ、笹だよ笹っ」

 ぼんやりと歩いていたところを突然彼女に腕を引っ張られて、思わずたたらを踏んだ。直ぐに持ち直して彼女が楽しげに指差す方向を見、ああ、と小さく声を出す。
 確かに、笹だった。
 色とりどりの細い紙が何枚も吊り下げられていて、その下にはテーブルが設置してある。勝手に書いて、掛けて行けということなのだろう。近代的な駅には全く持って似合わない構図だが、まあ、何かやる事もないような駅だ、こういったイベントぐらいやってみたくなる気持ちも分かるような気がする。
 そう思いながら、楽しげに笹に近寄って行く彼女の後について歩み寄れば、彼女はじっとその笹の葉を見上げ、楽しげな笑顔になって彼のことを振り返ってきた。

 ああ、なんかすごく言う事が分かる気が。

「お願い、しよっ」
「……待ってるから、書いておい」
「やだよー、一緒に書こ」

 言葉を遮って腕を引っ張る彼女に、小さくため息を付く。

 いや、わかってたけど。
 絶対相来るってわかっていたけど。
 でもそんな子供じみた真似はしたくないわけで。
 かといってそれを彼女に主張したところで、不思議そうな顔で首を捻り「なんで?」と聞いてくることは分かっているので、今更聞きはしない。
 ただ、軽く首を振って額を押さえた後、わかった、と答えた。

・・・・



 短冊、といっても下に宣伝文句が入っている辺り、矢張り商売だなぁとそんなことをしみじみ思いながら手元でくるくるとそれを回しながらじっと眺めていると、彼女が少し頬を膨らませて彼の事を見てきた。
 文句を言いたそうな視線に、何、と聞き返すと、ずいっと先程まで口元に当てて考え込んでいたペンを差し出してくる。

「……何?」
「書かなきゃダメだよ?」
「でも……」

 書く事ないし、と続ければ、彼女はむくれた顔をして唇を尖らせる。
それでも無理矢理にペンを押し付けて、自分は再び設置してあったテーブルの方に向き直り、何か字を書き始めた。きゅっと紙とペンが擦れる音を聞きながら、再び短冊をくるくると回す。

 さて、どうするか。

 このまま書かないで居れば彼女はむくれるだろうし、そうすると家に帰りつくまでの道程の半分ぐらいは口を利いてくれない。
 それぐらいなら別に放っておいても良いのだが、何が悲惨ってその後どうでも良くなった彼女が、家に帰ってあの兄に話すことだ。今まで以上に恨みの篭った目つきで睨まれるのは、やはり、納得がいかないものだ。
 くるくると回っている短冊を眺めていると、ふと、そういえば七夕は星を見たい、と言っていた彼女の言葉を思い出した。
 少し口元を緩めて、渡されたペンを使って、短冊に言葉を書き込む。

「何にしたのー?」
「ん」

 目の前に短冊を突き出してやれば、彼女は驚いたように目を瞬かせて――にこぉっと嬉しそうな笑みを見せた。

「一緒に行こうね?」
「ああ」

 苦笑しながら軽く頷いて、ほら、と手を出す。
 不思議そうな顔をしてみせる彼女に、短冊、と声を掛ければ、彼女はようやっと納得したように短冊を差し出してきた。
 裏向きに渡されたそれに苦笑して、適当なところを探し短冊をつけて最後にくるりと回して。

「……」

 固まった。

「どーしたの。つけたなら、帰ろ?」
「……ん、ああ」

 そうだな、と小さな声で答えて、しばし彼女の短冊の文字を見てから直ぐに背を向ける。
 いつもはそんなこと気にしない様子なのに、こういう時になると何故か隠したがる彼女に苦笑しながら、

「行こう」

 と声を掛けて、彼女の背を押すようにして歩き出す。
 そうすれば彼女は当然のように少し不思議そうな顔をしたものの、微かに首をかしげこちらを見上げただけで、何か言ってくる事はなかった。

「願い事、叶うかな?」

 子供っぽく楽しげに聞いてくる彼女に目を細めながら、さあ、と小さな声で答える。
 そして、彼女の頭に軽く手を置いて……そうだな、と言葉を続けた。

「七夕に晴れれば、叶うんじゃないかな」

 そう彼が言えば、彼女は嬉しそうに、うん、と大きく頷いた。

・・・・



 短冊が、風に吹かれてくるくると回る。
 少し高い位置にぶら下げられているその短冊に、柔らかい字が書かれていた。


 ――ずっと一緒に居られますように、と。



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