間違いデンワ  

 携帯電話に電話が掛かってくる事は、別に不思議な事でも何でもない。
 でも、知らない番号から電話が掛かってくる事は、少し珍しい。
 そういう場合俺ならどうするかと考えて、まあとりあえず、彼女のように疑問に思いながらもその電話に出ることはないだろうと、そう思った。

「もしもーし?」

 彼女と二人で、てくてくと歩いていた時だった。
 突然――突然でないことはまあ、少ないが――彼女の携帯が鳴り出して、知らない番号だぁと呑気に言いながら、彼が止める前にその電話に出たのだ。
 そして、首をかしげながら不思議そうな顔をした。

「あの、違いますけど」

 相手の声は聞こえない。彼女の言葉を聞いて納得したのか、相手はあっさりと電話を切ってくれたようだった。

「間違い電話?」
「うん、そーみたい」

 聞けば、彼女は笑顔で相答えて、行こう、というように彼の手を引っ張った。
 それに釣られるように歩き出して、再び、ちゃららんと気の抜けるような着信音が響く。
 思わず顔を見合わせて、結局、彼女は再び電話に出た。そのまま歩いたら転びそうなので、彼女を道の脇に引っ張って、自分はすぐ近くに腰掛ける。
 どうせまたあの間違い電話だ。直ぐに終わるだろう。
 そう思っていたのに、何だかおかしな展開になっているようだった。

「わたし、**さんじゃないですよ?」

 といった後から、段々と彼女は困惑した表情になっていった。

「えと、知らないです」
「あのあの、落ち着いて欲しいんですけど、あの、えっと」

 段々、相手の声が聞こえるようになってきた。
 怒っているようだった。
 彼女に向かって、理由は知らないが大きな声を出して怒鳴っているのだ。
 一体何なんだ、と眉を顰める。
折角、久々に二人で出かけたというのに。

「ちょい」

 彼女の腕をつっついて、貸して、というように手を差し出せば、彼女は「あの、ちょっと待って下さい」と見えない相手に頭を下げて、こちらに電話を差し出してきた。

「もしもし」
「……やっぱり、**君っ」

 思いっきり、勘違いをされたようだった。
 怒りに満ちた若い女の声で、一体何やってるのよ、と怒鳴られる。

「その女、誰っ! 私というものがありながら、また誰かに手ぇ出しちゃったわけ? ホント信じられない、今度やったら別れるって言ったわよね、ねぇちょっと聞いてるの? それとも、私のこと馬鹿にしてるわけ? ねえ、ちょっとホントふざけてんじゃないわよあんた、幾ら温厚な私だってね――」
「……うるせぇ」

 思わずそう呟けば、電話の向こうの声がぴたりととまった。

「なんか、勘違いしてるみたいですけど。俺、あんたの」

 彼氏なんかじゃないっすよ、と続けようとしたところで、今度は電話の向こうですすり泣きが聞こえてきた。

「また、またそうやって、私を騙そうとしてるの? 間違い電話のふりでもすれば、何とかなるって思ってたの? ひどくない? ねえ」

 何で、そうなる。
 というか、この人の彼氏は一体何をしているんだ。
 浮気性なのか。
男を見る目がないんじゃないか、この人。

「……もう一回、番号確かめたらどうですか。とにかく、番号間違ってますから」
「そんなはずないわよっ」

 力強くそう断言されて、思わず黙る。

「だって、三回も彼に電話番号聞いたのよ? それなのに、毎回間違ってるなんておかしいじゃないのっ」
「……ですね」

 思わず同意して、ともかく、と言葉を続ける。

「俺は、あなたのことは知りませんし、彼氏でもありませんから。ってか、声聞いてわかりませんか」
「た、確かに結構違うかなーっとは思ったけどっ」
 思ったんだ。
「でもほら、彼だって思うじゃないっ?」
 思わねぇよ。
「機械通すと、結構声変わる人だっているしっ」
「……それで、納得していただけたんでしょうか」

 相手の言葉を無視して聞けば、相手はうーっと小さく唸った。

「あの、な、名前は?」

 最後の確認、とばかりに問われて、正直に名を名乗れば、相手は小さくため息を付いた。

「そう、分かった。覚えておくわ」
「や、忘れて良いです」
「ちなみに私は」
「聞いてません」
「コミヤケイコよ」
「だから聞いてませんと」
「覚えておいてね」
「何でですか」
「またかけるかもしれないし」
「やめろよ」
「だって貴方なんか」
「何すか」

「初恋の人に似てるわ」

「……意味が分かりません。ともかく、間違い電話ですから、もうかけてこないで下さいね。以上です、はい、さよなら」
「ええ、ちょっとま」

 ぷつっと、電話を切った。
 それを彼女に返して、ため息を付く。

「……大丈夫?」
「あー……多分」

 答えて、とにかく、と立ち上がって再び道を歩き出した。

「さっきの人から電話来ても、出るなよ?」
「え、でも」
「出ちゃだめだから」
「……?」

 いつもならやらないような強い口調でそういえば、彼女は戸惑ったように頷いた。
 それに苦笑して、一度彼女の頭を撫でて、長い髪を弄る。

「いこっか」
「うん」
 少し笑って言えば、彼女はそれで安心したのか、嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
そんな彼女を引っ張りながら、思う。

 一体なんだったんだ、ケイコさん。



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