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気付きの時(3)
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そういった状況が幾ばくか続いたある日、トオルは彼女と何時も話している研究所の屋上へいく前に、ナツヤに呼び出された。
珍しいことではあるが、ありえないことではない。
そう思い、大した疑問も持たず、トオルは湿気が多く含まれた道を歩いた。研究所の裏口近くなど、誰が使うのかもよくわからない、妙に奥まった所へ呼び出されたものだな、とは思った。
確か、その前日には雨が降っていたはずだ。
空気が妙にしっとりと肌に纏わり付き、青々とした葉についた、まだ蒸発しきっていない水分が力強い太陽の光を反射していたのを覚えている。足を地面から離す度に、黒々と濡れた土がぺたりと靴の裏にこびり付いて、これだから雨は嫌だ、としみじみ思ったのだ。
裏口に着いてみると、ナツヤがその広い背中を壁に預けて、ぼんやりと彼を待っていた。
言われた時間よりは早いつもりだったのだが、どうやら待たせてしまったらしいと、彼は少し悪い事をした気分になって、急ぎ足でナツヤの所へと行った。
一方で、急ぎ足で向かってくるトオルを見たナツヤは、ゆっくりと背中を壁から離して彼と向かい合うように仁王立ちになった。
自分の気が立っているのを無理矢理に抑えつけるようにして、待たせてゴメンと、爽やかな笑顔で見上げてくる青年を見る。そして、柔らかい茶色の髪や病弱に見える色白の肌が、妙に苛立ちを誘うのに気が付いた。
ナツヤは腹に溜め込む様に鋭く息を吸って吐くと、いや、と掠れたように聞こえる彼特有の低い声で答えた。
今はその、苛立ちを押さえなくてはならぬ。
そう思い、ゆっくりとした呼吸をするように気を付けた。
トオルから見ると背が高く体つきの良いナツヤが自分を圧迫してくるような気がしてならなかったが、意識して呼吸を落としているのを見て、緊張でもしているのかと思うと、妙に気持ちがほぐれた。ほぼ無意識に淡い笑みをその顔に浮かべトオルは、どうしたの、と尋ねる。
ナツヤとは数えるほどしか話した事はなかったが、ミカからよく話を聞いているためだろうか、彼の中にはナツヤに対する親近感が知らず知らずのうちに育まれていた。
だから、自分があまり喋っていない人に対して敬語を使っていないという珍しい現象が起こったにも関わらず、トオルはそれを疑問には思わなかったのだ。
どうしたの、と聞かれて少々眉をひそめたナツヤだったが、直ぐに気を取り直したように、ああ、と小さな声でうめくように答えた。そして少し迷うように視線をさ迷わせ、何か良い言葉に当たったらしく、その視線をトオルの上に止める。
きょとん、とした表情で相変わらず彼を見上げ続けるトオルは本当に、なにも分かっていないのだろうかと一瞬だけ疑問に思った。
「お前、ミカの事どう思ってる?」
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