決する時    

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 葬式は、この町で最も一般的だといわれているものを、ナツヤに細々と教えてもらいながら執り行った。
 その間中、トオルは殆ど全ての意識をその、葬儀を執り行う為の努力に費やし、彼女を失ったという実感を持たないように意識した。出来うる限り淡々と作業をこなし、挨拶を繰り返し、花を供えることに全神経を傾けていたのだ。
 もしかしたら、彼の事を良く知らない人々は、冷たい奴だという感想を持っていたのかもしれない。
 ミカの若すぎる突然の死を悼む人々の多くは、泣くでもなく、俯いたまま無表情に座っている彼に対しては話しかけたりしなかったのだ。ただ、黒い箱の中に横たわり、まるで花に埋もれているかのような彼女を見、涙を流し、その湿りきった別れの時に沈み込んでいた。
 湿り気を帯びた空気が辺りに漂って、絶え間なく流れ続ける嗚咽が、暗くなり始めた墓場に反響する。
 そんな中で、彼は埋められていく四角い箱を見つめながら、ただ立ち尽くしていた。ゆっくりと土を掛けられ、無慈悲にも埋められていく彼女の様子を、不思議なほどの非現実感と、奇妙に感じられるほどの徒労感を持って、眺めていたのだ。
彼女を埋め終わり、真っ白な十字架が暗い空気の中浮かび上がるようにして建つ。
 最後まで彼女を見送った人々も去って行くのを横目で見ながら、彼はただ、彼女の墓だけをじっと見詰めていた。彼が一言も発することなく立ち続けるのを心配したのか、何人かの人は大丈夫か、家まで帰れるのかなど色々なことを聞いてきたのだが、それに引きつった笑顔に似たものを浮かべて大丈夫だと答えるには、かなりの苦労を強いられた。
 またナツヤは、心配だしお前が帰る気になるまで残っていてやろうかと言ってくれたのだが、既に妻を持つ彼に悪い気がして、大丈夫だと短く答えた。
 安心させる為に、笑みだけはどうにか浮かべた。
 それでも心配そうにしながら帰ったナツヤを見送って、トオルはそっと、彼女の墓の前に膝を突いた。
 地中に眠る彼女のことを覗き込むかのように地面を見詰めて、そっと、彼女が眠っている場所に手を触れる。


 視界が、ゆがんだ。


 熱い涙が頬を滑り落ち、薄い茶色をした地面に黒い点を残しながら吸い込まれていく、その様子を眺めながら彼は、ああ、と小さく声を漏らした。


 自分には、彼女が居ないとダメなのだと、改めて思った。
 ミカが持つ暖かさも、柔らかさも、怒った時のその表情も、全てが愛しく、恋しく感じられる。
 そのことを自覚すると、涙が更に溢れて、彼は思わず俯いた。
 そして、ミカ、と小さな声で呟く。


「僕は……僕は――。」


 君が居ないとダメなんだよ。


 呟いたはずの言葉は声にならず、深い闇の中に沈んでいった――。

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