再会の時は   

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 そういえば、トオルの元に行くのは久しぶりだなあ、と柔らかな陽が降り注ぎ、しっとりとした空気の舞うその道を歩きながら、ナツヤは思った。
 本当ならば最初の頃と同じように、週末毎に訪れてはきちんと飯を取っているのか、眠っているのか、体調に問題はないかと聞きたかったのだが、さすがに三年ともなると、妻と二人の子供がいる彼にとっては、そう度々訪れることは出来なくなったのだ。
 そうは言っても、ミカが死んでそれこそ始めのうちは、睡眠も食事もまともにとらずに、どんよりとした目をしながらも大丈夫だと言っていた彼も、一年も経つ頃にはナツヤが懸命に説得した甲斐もあったのか、最低限生きるのに必要な事はするようになっていた。
 本当に、最初は大変だったなと、重苦しい空気を纏わり付かせたまま余り動こうとしなかったトオルの姿を思い出しつつ、ナツヤは苦笑した。
 死ぬ気など全くないのだろうが、彼が面倒を見てやらなかったなら、容易にミイラとなって、誰かに発見されていたのではないかと、そう思う。


 本当は、今日ではなく先日訪れる予定であったのだが、珍しい事にトオルから今日じゃなくてまた別の日に来てくれという電話が掛かってきた為に、彼は日にちを動かしたのだ。
 後数ヶ月もすれば三歳になる長男が遊びたそうにしていたのを、激しい良心の痛みと共に振り切って、家を出てきた。しかしそれと同時に、トオルの元に行かなくても良心は傷むのだろうなあと呟くと、その言葉を聞いた妻に呆れたような笑顔をされたのだった。
 心配そうな迷惑そうな、どちらとも取り難い中途半端な顔をしながらも、これを渡してきてと籠に詰めた手作りパンを渡す彼女も、結局はお人よしなのだろうなと思い、小さく笑う。
 嘗ての自分がミカに、そう言われていた事を一緒に思い出した。


 流れ出た汗を拭いて、ふうと息をつき、ナツヤはようやく見えてきた家を眺める。
 家、といっても彼の親戚が別荘として使っていたお下がりのものだ。もう使わないからと言われて、そのままもらうのも立派過ぎて悪いからしばらく友人のために借してくれ、と言って借りた。
 木製の古い丸太が積み重なったそれには年季が入っており、あまり厚みのない屋根がそれを覆っている。階段を上がった先にある階段の近くには、大きな窓が二つ付いており、ロフトの小さな窓も見えた。
 一人で暮らすには大きすぎる家ではあったが、トオルが一人町を離れて心落ち着かせるには、十分すぎる設備も揃っていた。
 美しい木々に心和ませて、柔らかな風が窓から吹き込む。夜には明るい月が中に差し込んで、その傷を癒してくれる……。
 精神的休養が必要だと判断されたトオルには、最適すぎる場所だった。
 ミカが居なくなったことで出来てしまった空洞が、その風景の中で埋まっていけばと、ナツヤは本気でそう考えていたのだ。
 しかし、と木製の階段を上りながら彼は考える。


 トオルはわざと、ミカを自分の中に押しとどめているのではないか、と。


 トオルの中にある空洞は、まるで今でもその暗闇の中に彼を取り込んでしまうかのように見えた。
 だからこそ、ナツヤはここに来ない訳には行かないのだろうと、そう思うのだ。
 そして、その明るい色をした扉をそっと、叩いた。
 まるで、トオルの中に埋もれた痛みが、その音によって甦えってしまうのを心配しているかのように。

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