再会の時は(2)   

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 叩かれた扉の音はとても軽く、部屋の中で反響した。
 読書に集中していたトオルが驚いて顔を上げて、ナツヤが来る予定だったことを思い出す。本を閉じて立ち上がりかけると、『ミカ』が私が出るから、と言って彼を押しとどめた。
 一瞬だけどうしようかと迷い、分かった、ともう一度椅子に座る。
 目に付いた『彼女』の両手は、朝食に使った皿を洗い終わったばかりだった為、その水分が、窓から入った光に輝いて見えた。
 そしてそれは生物的な躍動を感じさせるもので、扉に向かった『彼女』の柔らかな黒髪を眺めながら、彼は体の底が熱くなるような気持ちを抱いた。


 ひょい、と扉が開いて、ナツヤは驚いた顔をして『ミカ』の事を見た。そして、朝起きてみたら、夢の続きが目の前で繰り広げられていたかのような、そんな気分に陥る。
 自分は今幻でも見ているのか、何か不思議な夢の中にでも彷徨い込んでしまったのだろうかと考えて、それでも、目の前にミカが居るのは幻でもなんでもないのだと、妙に確信を持った。
 久しぶり、元気だった、と言ってくる『彼女』は最も新しい記憶のミカと全く違うところなく、そこに立っていた。


 え、あ、ああ……。
 その様にナツヤが答えるのを遠くから見て、トオルは苦笑するようにして笑った。そして、『彼女』がナツヤに入って、と言い、客人用の紅茶を入れようと、楽しそうにキッチンに向かうのを見送った。
 彼と同じように『彼女』の動きを目を見張って眺めているナツヤに、早く入れよ、と声を掛ける。
 ああ、とやはり呆然としたようにナツヤは答えながら、部屋の中に入ると扉を閉めて、トオルの向かいにある席に腰掛けた。


 トオルと視線が合わぬように斜めに腰掛けたナツヤは、考えるように視線をさまよわせてから一瞬だけ彼を見て、しかし言葉を発せずに再び視線を逸らす。
 それを数度繰り返して、逆にトオルからどうしたのかと声を掛けようとした時、「おまたせ」と弾んだ声と共に『彼女』が紅茶を運んできた。
 白く輝くさらりとした質感の陶器のカップから、濃い香りと共に暖かな湯気が立ち上っている。
 それを見て、緊張していた様子のナツヤの表情が少しだけ、柔らかくなったように思えた。紅茶を受け取りながらその様子を眺め、トオルはふと気が付いたように、もう一つの椅子に腰掛けようとしていた『ミカ』に、ねえ、と声を掛けた。
 視線があったところでナツヤを視線で指し示して、もう一度『彼女』を見ると、『彼女』はああ、と気が付いたような顔をした。


「今日はまだ庭の様子見てないから、ちょっと見てくるね。ナツヤ、ゆっくりして行って良いから」


 そう言って、『彼女』が扉の外へと消えたのを見てトオルは、ふう、息をついた。

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