再会の時は(3)   

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 紅茶をゆっくりと一口だけのんで、トオルがナツヤの事を見た。
 そして、それで、と聞く。
 少し不思議そうな顔をしたナツヤに、
「言いたいこと、あるんでしょ?」
 と聞く。
 家に入ってくる時『ミカ』の事を見てからぼんやりとした顔をしていたナツヤだったが、ようやく、ああ、と小さな声で呟いて、やはり迷うように視線を彷徨わせた。
 湯気を立て続ける紅茶をしばらく眺めてから、ようやく、口を開く。
「……あれ、何だ?」
 少しかすれた声で聞いてきたナツヤを一瞬だけ見上げて、直ぐにトオルは、その視線を紅茶のカップに戻した。
 そして、落ち着かない様子で、
 あれって……?
 と聞き返す。
「わかってるだろ、ミカ……みたいな奴だよ」
 ナツヤがいらいらと、トオルを睨むようにして言うと、彼は今気が付いたかのように、ああ、と小さく呟いた。白いカップを持ち上げて一口だけ紅茶を飲み、
「見たままだよ。……『彼女』はミカさ」
 呟くように答える。
 その液体を煽るようにして飲んで、トオルは立ち上がった。
「ふざけるな……。ミカは死んだんだ。死人は、生き返らない」
 立ち上がり、カップを洗い場へ運ぶトオルを睨みつけるように視線で追いながら言う。
 ナツヤの声が苛立っているのに気が付きながら、トオルは、論より証拠だよ、と子供を諭すかのような優しい口調で答えた。
 カタン、と音を立てて、白いカップが置かれる。
「ミカは生き返った。そして、『彼女』としてミカの続きを生きているんだよ。
 ミカは……事故になんて遭っていないんだ」
 背を向けたまま、呟くようにしてしゃべる。
 透明な泉の中に雫が滴り落ちるような、そんなしゃべり方が、妙にナツヤを不安にさせた。
「おい、冗談もほどほどにしろよ……。死人は生き返らないし、過去をなかったことにするなんて出来ない。それが幾ら……幾ら、理不尽でも……」
 半分腰を浮かせながらそう言って、ふと、何かに気が付いたように言葉を止めた。それに気が付いたトオルが振り返るが、ナツヤからは、その表情は暗がりの中に消えているようにしか見えなかった。


 前に、研究所のデータが外部の者に持っていかれた事があった……。


 木製のテーブルに両手を付いてナツヤが呟くのを、トオルは何か、非現実的なものを見るかのように眺めた。
 完全に彼の方を向き、台に寄りかかるようにしてそれを眺める。
 思っていたよりも、妙に冷めた気分に、我ながら驚いていた。
「ミカのデータ……お前が盗んだんだな? そして、あれを作った」
 特に否定する必要もなかった。
 ただ黙って、ナツヤがいや、と言葉を続けるのを聞く。
 いや、二年前に、妙に大量の部品を頼んできたことがあった……。あの頃から、作ってたって事だな。
「うん、そうだね」
 声に出して肯定し、トオルはナツヤの向かいの席へと戻った。
 横向きに座って、ナツヤを見上げ、でもさ、と言葉を発する。
「例えばの話。ある二人の人物が居たとして、その人たちの感情やら意識やら――そうだな、魂とでも言っておこうかな、それが入れ替わったとしたら、どっちがその本人になるのかな」
 何を言っているんだ。
 そういいかけたナツヤのことを遮るように、トオルは大丈夫、と彼に指を突きつけるようにしながら言った。
 そして小さく微笑んで指を離し、君には意見を求めてないよ、と言う。足を組んで肘を突き、そこに顎を乗せて、立ったままのナツヤのことを見上げるようにしながら、言葉を続ける。
「僕は、その魂がある方がその人だって思うよ。
 『ミカ』についても、同じさ。
 魂と呼べる物が体となる物に入っていて、それが生前と同じように動き、しゃべる。
 そうなれば、それが彼女なんだ……」


「馬鹿を言うな!」


 どん、とテーブルを叩いて怒鳴ったナツヤを黙って見つめた。
 普段怒ったとしてもあまり紅潮しない頬が、見てすぐに分かるほど赤くなり、眉がこれ以上ないほど釣りあがっている。テーブルについた両手には力が篭り、小刻みに震えているようだった。
 そこまで観察して、トオルはふう、と息をついた。


「だから、あれがミカだっていうのか?お前が作った偽の記憶と、感情と、それがミカと同じだっていうのか?」
 何を考えているのか良く分からない静かな瞳を逸らしたトオルを、じっと見つめる。
 肘をついたままテーブルの一点を見つめ、柔らかな茶色の髪が垂れ下がり、彼の表情をナツヤから隠した。
 微動だにしないその様子に痺れを切らしたように、ナツヤはテーブルから両手を離すと、
 ふざけるな
 と小さな声で呟いた。
テーブルから離れて歩き、
ふざけるな
 ともう一度呟く。


「あれがミカのはずがないだろう!
 全て、お前が作った偽物。
 生き返ったんじゃない、生き続けたわけでもない。
 ……あれは偽者だ!
 あれがミカだなんて、許されるはずがないんだ!」


 怒鳴りつけるようにして言うと、おいおい、と苦笑しながらトオルが声を掛けた。
 足を組みなおし、テーブルの端に肘をかけるようにして、見上げてくる彼を見る。


「許すって、誰が許すって言うのさ。君か、町の人か、それとも神様とか?」
「そうじゃない、そうじゃなくて!」
「分かってるさ、町の人が『彼女』をミカだって思わないことぐらい。皆、ミカが死んだと思っている。
 いや、確かに死んだよ。そして、君と同じように生き返ったことを許してくれるはずがない。
 ありえない事だって」
 少しずつ声が張り詰めてくる彼の声に驚いて、トオル、と声を掛けるが、全く聞いていないようだった。
「けど、けどさ。僕は『彼女』がミカなんだって思ってる。
 確かに自分で作ったけれど、それが全てミカであるのなら、『彼女』はミカなんだ」
「トオル……」
「君も含め、誰もそうと許してくれなくても問題じゃないんだ。
 僕が彼女を必要としていて、彼女がこうして存在している。
 そして僕はそれを認めている。
 たったそれだけ。それだけのことなんだよ」
「なあ、少し落ちついて……」
「ナツヤなら分かってくれるかもしれないって、そう思ったのさ。
 だから、君をわざわざ呼んで……」
「俺は、お前が心配なんだ。何時までも過去に囚われているんじゃ……」


「過去なんかじゃない!」


 激昂し、立ち上がったトオルに驚いて、言葉を止める。
 何時もは静かな泉のような瞳が、窓から入った光を反射して、ぎらぎらと燃えるように輝いていた。


「いいか、『彼女』は今生きているんだ!
 過去の存在じゃないし、過去に囚われているわけでもない。
 僕は、『彼女』と……」
 ナツヤのことを睨み付けながら怒鳴り、突然、ごめんと小さな声で呟いて、椅子に崩れ落ちた。
 くそう、と呟いてテーブルの上で両肘を付き、頭を抱える。


「……なあ、町に帰って来いよ。
 皆、お前を必要としているし、そうだ、俺の子供だって大きくなったんだ。
 皆、お前に会いたいって……」


「……ごめん」


 慰めるように言葉をかける彼を遮って、トオルが小さな声で呟いた。
 両手にうずめていた頭を上げてナツヤを見て、帰って、と言う。

「今日はもう、帰ってくれ……」
「……トオル」
「頼むから、帰って……」


 そう言って、再び頭を抱えるようにするトオルをしばらく眺めてから、分かった、と答える。


「……また、来る」


 顔が見えないトオルのことを心配そうに見ながら、彼は扉を開けた。
 そして、しばらく黙ってトオルを見て、


「…………じゃあ」


 ため息をつくようにしながら言って、外に出て行った。



 扉が閉まり、明るかった部屋が急に暗くなったように感じる。
 しばらくの間黙って頭を抱えていたトオルが、ああ、と小さく呟いて、そのままテーブルの上に突っ伏した。
 そして首だけを回して、ふと、テーブルの上にナツヤが全く手をつけなかったカップが置かれていることに気が付いた。
 小さな窓から入り込んだ明るい光に照らされて、濡れた様に輝くそれを見つめる。
 しばらくの間それを見つめて、ああ、と声を漏らした。


「……最悪だなあ」


 そうして呟いた声はいつの間にか、重苦しい部屋の中へと沈んでいった。

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