離別の時に   

 ・ 

 外から差し込んできた強い太陽の光によって、トオルは深い眠りから引き起こされた。
 『彼女』の渡してくれた薬のおかげなのだろう、過去の夢に悩まされること無く眠ることが出来たのは久しぶりのことだった。
 そんなことを思いながら起き上がり、『彼女』がもうベッドから居なくなっている事を確認して、わざと起こさないで置いてくれたのだろうか、と思う。特に昨夜の自分はひどい顔色をしていたらしいから、ゆっくり寝かせてやろうとでも思ったのだろう。
 既に明るくなった窓の外を一瞬だけ見て、すいとベッドから足を下ろす。
 日の光に温まった木製の床が柔らかく、彼の足に触れる。
 『彼女』が生まれる前はその感覚すらも恨めしくてたまらなかったものだ、と思いながら、寝室を出た。


 そして彼は、直ぐにそれを目にした。


 一瞬だけ思考が停止し、しかし次の瞬間、彼は声にならない叫びを上げた。


 何故、何が、といった疑問を頭の中で反響させながら、『それ』――徹底的に破壊されつくした『彼女』は既に、完全な物質としか認識されなかった――の元に駆け寄る。
 ミカ、と呼びかけたはずの声は蒸発してしまったかのように消え、戸惑いの言葉すらも出てこない自分にイラつききをも感じた。


 何も理解できないし、理解したくない。
 そういった思いだけが回って、それでも彼は、震える両手を伸ばしてそれの一部を拾い上げた。
 熱を持たない金属の小さな欠片が彼の手の平の中で転がり、小さな痛みを残す。それだけだ、と思った瞬間に、ああ、とうめくような声が彼の口から漏れた。


 ああ……、何で……。


 痛みを持つ頭の中、どこか冷静な一部分の考えに従って、彼はふらふらと立ち上がった。
 『彼女』を治す為に、『彼女』を作った部屋へと向かう。小さな木製の扉を開けてそれらを目にし、彼は再びうめくような声を上げた。
 『彼女』を治すのに必要なデータと機械の全てが、それこそどうしようもないぐらいに、破壊され、その存在を消失させられていたのだ。
 そんな、と呟いて、機械だった物に触れる。
 小さな冷たい欠片が彼の手に触れ、そこに小さな痛みを残した。
 窓から差し込んだ明るい太陽の光に輝くそれらはまるで、葉に残った朝露に反射する光のようで、その時の彼には不思議な事に、それらがこの上なく美しい物であるように見えた。
 震える身体を抑えるようにしながら視線をさげて、彼はようやく、金属片に半ば埋もれるように存在していた白い紙に気が付いた。
 震えの止まらない手を動かしてそれらをどかし、白い紙を手に取る。


 これはなんだろう、とは思わなかった。
 ただ単純に、ああ、よかった、と思えた。
 『彼女』が何も言わずに消えてしまったのではなかったという、そのことに安堵した。


 そのまま床に座り込み、手紙を開く。
 誰も足をつけていない雪原のような紙の上に、『彼女』の流れ行くような美麗な文字が並んでいた。

 ・ 



当サイト内の文章・画像の無断転載・使用を禁止します

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送