離別の時(2)   

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『トオル、貴方がこの手紙を読んでいる頃には、私はもういないでしょう。直接さよならを言わなかったことを、どうか恨まないで下さい。
 ただ、先日の貴方とナツヤの話を聞いて、私は、貴方の為にも自分自身の為にも、居てはならないのだと感じました。
 私を直す事が出来ないようにしたのも、私自身ですから、どうぞ、そんなことは思わないで下さい。
 いつまでも現実から目を逸らしていては、貴方がダメになってしまうから……。
 だからどうか、この家を出て、現実に戻って欲しいと思います』


 そこまで書いて、手紙は少しだけ途切れていた。
 そして、迷ったような文字の後に、いいえ、と『彼女』は続けていた。


『ごめんなさい、格好良い事を言って終わらせようと思ったのですが、どうもそれでは、自分が浮かばれないように思います。
 だから、貴方に対して思っていたことを、私の恨みを知って置いてください……。


 ねえ、トオル。
 貴方は自分では気が付いていなかったのでしょうか。
 貴方が見ていたのは、私ではなかった。
 いつも私を通して、その先にある誰かを見詰めていました。話を聞いてそう思ったのではなく、これは、貴方が最初に私を見つめた時から思っていたことです。
 それがミカさんなのだと――本物の彼女なのだと知って、私は悔しいような、哀しいような気持ちになりました。
 分かりますか、この気持ちが。
 私は全力で貴方を愛しているのに、そうとしか考えられないのに、貴方は私を媒介にしていただけだったのです。それを知った瞬間、私は手に持っていた輝かしい光全てを闇の中に放り込んでしまったかのような、明るい草原から突然、深い谷底に突き落とされてしまったかのような感覚を覚えました。
 貴方に分かりますか、この気持ちが。
 周りに居た全ての物が急に消失して孤独になった子供のような不安定な気持ちが、しっかりと足をつけることも出来ずにふわふわと漂って、それがいつの間にか貴方すらも恨めしく思う気持ちに変わって行って。
 分かりますか、この気持ちが。
 ここまでに醜い自分の姿を突きつけられて、それでも抑えることも出来ない自分の不甲斐無さがどうしようもなく沸き起こってきて。


 どうして自分はこのような存在なのだろうかと、そう思いました。


 自分の消失を望んだのが貴方の為だっていうのは、少しでも私の厭らしさを隠そうとする、汚らしい算段だったのでしょう。
 ナツヤさんが来るまでの間を使ってこうして手紙を書いてみて、ようやく冷静にこのことを見つめられるようになった気がします……。


 だからこそ……。


 トオル、私は、貴方に最後のお願いをしなければなりません。
 貴方には二度と、私と同じような存在を作り出さないで欲しいのです。
 自分が愛しいと思う唯一の人を恨みながらも愛する以外の道を持てない私のような存在を、愛しい人が自分を媒介にして他の人を見ているのに耐えるしかない私のような存在を、二度と、作り出さないで欲しいのです。
 こういった感情はもしかすると、すべて貴方がプログラムしたからこそ生まれた物かもしれませんし、ミカさんはそう思わないかもしれません。
 それでも、貴方が本当に彼女を模して私を作ったのなら、彼女もその事を、望んでいるのではないでしょうか。


 もう、これで最後にします……。


 トオル、貴方は彼女を愛していて、私はその媒介に過ぎなかった。
 それでも、私は、例え逆らうことの出来ないプログラムされた気持ちだったのだとしても、貴方を心から愛せたことを誇りに思っています。


 愛しの貴方に幸福が訪れることを、心から願っております。



 ……さようなら ミカ』

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