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ちょこれーと
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周りの人と同じ友チョコとやらになったのは、確か四、五年前のバレンタインからだった。
あの頃はまだ、自分に余裕がなくて彼女の気持ちに目をやることが出来ずにいたから、本命から友チョコになったのにも気が付かず、後に彼女がトオルにやっているチョコをちらりと見た時に、ああ、昔のアレは実は本命だったのかと気付いたぐらいなのだ。
元々、俺にはミカに対しては幼馴染以上の縁が出来る事はないのかもしれない。所詮、それぐらいの位置に納まってしまう人間なのだ。
だから、というつもりはないけれど、俺の仕事上での立ち位置も、上がらず下がらずといったような微妙で安定したところに収まっている。
けど、だからといって、それで諦める気持ちは毛頭ない。
ミカが俺の気持ちの変化に気が付いているのかは知らないが、ふとした時に彼女が彼女であることに気がつき、それからいつの間にか好きになってしまったのだと自覚したのが約三年前。ミカが俺のことを諦めたのか、ともかく視界の外に追いやったらしい時期のすぐ後だったのだ。
もちろん、そのことも後で気が付いたのだが、それとしらなくても、“挽回”という言い方はおかしいだろうか、ともかくミカの気持ちを俺に向けることは可能だと思った。
実際、そうと努力したつもりだ。
先ずはミカに近付こうとする男どもを退けて――もちろん、男女の隔てを気にしないミカのことだからそれは容易ではなく、結果的に友人までなら許容することにしたのだが――、それとなくミカと一緒に居る時間を増やしてみたりした。
前は無碍に断っていた休日の買い物(の荷物持ち)もやるように心がけたし、重そうな荷物を持っていれば俺が代わりに持ってやることもしたのだ。
だから、俺の気持ちは、少なくとも周囲の人間は何となく気が付いているようだった。実際、何人かの男に、そうなんだろう、とにやにやと笑いながら確認された事もある。
いいチャンスだと、そう思ったから否定しなかった。そうしたら、遊び半分でミカに手を出そうとする奴らは遠のき、最終的には居なくなったのだ。
うまくいくと思ったんだ。
いや、うまくいくのが当然だと思った。
後は時を見計らって、ミカに告白すれば良い。
少なくとも俺は他の誰よりも優位な位置に居るのだし、ミカだって休日に俺を“使おう”と思うぐらいだ、それなりに気持ちはあるに違いないと、安心にも似た確信を持っていた。
そう、持っていた、である。
今はもう、徹底的に、瓦解された。
トオルがやって来たのは二年と少しぐらい前。
最初しばらくは、これが相手なら大丈夫だろうと高をくくっていた。自分に自信があった、とは言わない。
ただ、トオルの存在自体がミカの今までの趣向とは違ったのだ。
俺も含めてミカが過去に惚れた人物は、日に焼けて健康的な、そして体格もしっかりとした男ばかりだった。
だから、トオルの様なもやし男に惚れるなんて、一切思わなかったのだ。
そう思うのは、俺だけじゃないはずだ。ミカとトオルが急接近したことを知っている人間は何人も居たが、その人々も所詮は一時的な好奇心だろう、とそれぐらいしか思っていなかった。
その考えが甘かったと悟ったのは、丁度二年前のバレンタインの時だった。
毎年友チョコを配っているミカが、トオルにだけ違うチョコをあげたのを知った。
そして、その時にはもう、比較的普通に会話を交わすようになっていたトオルにミカからもらったというチョコを(半ば無理矢理)見せてもらって、ようやく気が付いたのだ。
俺は遅かったのだ。そう思った。
もっと早く、ミカに告白しておけば、こうはならなかったのだろうかとそう思いつつも、俺は結局トオルの後押しをすることを選んだ。
惚れた弱みなのか何なのか、ミカの為にと思いつつ自分からそう行動してしまう辺り、もう既にダメな気がしないでもないが。
結局、俺はミカにフラれた訳だ。
それが二年前で、俺の立場上いつまでも二人の近くに居て時には喧嘩の仲介役を務めたりしなければならない為(いや、そもそも俺が最後の一押しをしたのだから当然なのだが)、吹っ切れなければならないものが妙に積もり積もって。
今年のバレンタイン。
俺は、情けなくも盛大なため息をついた。
そもそもあの二人の間に、俺が入る余地はないのだ。
あるとすれば、先に言った通り仲介になるだけで。
というか、むしろこの仲介の立場は抜けられない状況でもあり。
研究所の裏庭にある大きな木の根元で、昼休みは良くやるようにごろりと寝っ転がって、ちらちらと光の漏れる葉の天井を眺める。
いい加減、諦めろと自分でも思う。
いつまでもうだうだとミカを思っていても仕方が無いし、大体が最初に彼女の気持ちに気がつかず、且つ大丈夫だと高を括って気持ちを伝えなかった自分が悪いのだ。これでトオルを恨んだりしたら逆恨みだし、それ以上に情けなく思う。
当然、ミカに対して何かマイナス感情を持つこともない。
だから何だ、というわけでもないが。
再びため息をつき、軽く目を瞑ったところで。
「あの、ナツヤ、さん」
声を掛けられた。気だるげに目を開き起き上がって、俺を見下ろしてきていた声の主を見る。
余り長くはない髪を後で細い一本のみつ編にした、瞳の大きな女性。
サナエという、研究所で長らく一緒に仕事をしている人だ。いつもは俺に対して『さん』をつけたりはしないのだが、と眉を顰めつつ、何だよ、と聞くと彼女は少し戸惑った様子を見せた。
そして、おずおずと、後に回していた両手を、というか両手に持っていた包みを俺の方に突き出した。柔らかい紙に包まれ、トッピングされたそれは、どう考えてもチョコにしか見えないが。
「これ、あげます」
「あ、ありがと」
反射的にそう答えながらそれを受取り、疑問を覚える。
何で、サナエはこんなに緊張しているんだろう、と。
それを聞いてみようと顔をあげると、視線がぶつかった彼女はあ、と小さく声を上げて、慌てたように
「邪魔してゴメンネ、あの、これだけだから、うん、安心してっ」
と言い、すぐに背を向けて走って行ってしまった。
追いかけて追い付けないこともないが、しかしそうするほどのことでもない。
そう思いつつ、また友チョコかなぁと包みを開けて。
今年の春は早く来そうだと、少しだけ考えた。
拍手で使用されたおまけたち。
「よかったわねー、ナツヤ♪」
「うおっ!? お、お、お前ら、どっから出て……っ!」
「んー? さっき屋上から見てたんだよ」
「それで、サナエにチョコもらってるのみたのか」
「そうそう、その通り。さえてるわね、ナツヤのクセに」
「それは嫌味か、ミカ。」
「うふふ、そんなことないわよー?」
「そんで、結局お前らなんでわざわざ来たんだよ?」
「そりゃあもう、一つしかないわよ」
「うん、一つしかないよ」
「だから、何っ?」
『ナツヤの春を祝福しに』
「つまりは嫌がらせだな?」
「ナツヤー? 何、ため息ついてるのさ?」
「ん、ああ、トオル。一人か?」
「うん。ミカは友達と買い物するって。よぶ?」
「いや、いい。丁度良い、お前に相談がある」
「サナエさんなら、甘いもの好きだよ」
「………何」
「あれ、ちがった?」
「何で知ってるんだ?」
「ミカがそう教えておけって。」
「……あぁ」
「で、相談事は?」
「……菓子、どうしよう」
「作れば」
「俺に出来ると思うのか?」
「無理」
「…………」
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