竪琴弾きと春-3-  

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 小柄で痩せがたのこの少女について、僕はほとんど何も知らない。彼女の両親が既に死んでいることや、身を寄せるところもないだろう、ということ。それぐらいだ。
 彼女の年齢も、名前も、何も分からない。だから、僕はこの少女を“君”とだけ呼ぶことにした。勝手に名前を付けることはしないし、そのつもりも無い。この少女に勝手に名前を付けたとしてその名を呼ぶことは、なんだか、彼女の両親に悪いような気がしたのだ。
 二人で手を合わせ、食事をとる。
 祈りの言葉はない。少女がしゃべれないからだ。この習慣を続けることは、彼女に対して失礼だと思った。
 少女が作る食事は、大変、とは言わないがそれなりにおいしい。記憶を失ったとはいっても日常生活には問題はない様子で、掃除洗濯料理などは、少女がほとんど引き受けてくれている。まあ、確かに、僕がやるよりはいいのだろうが、彼女を引き取った身としては少し情けない。
 食事を終え、少女が少ない水で皿を洗っている間に、僕は近くの川まで水を汲みに行くことにした。薪割りや水汲みといった力仕事は、ほとんどが僕の仕事だ。まあ、女の子にそんなことやらせるわけにもいかないから、いいんだけれども。
 水を汲み帰ってきた僕は、今度は大きな籠を持ち少女と共に山の中へと入っていく。朝食の後は食料の確保をしにいく、というのが日課だった。
 外に出る度に嬉しそうにする少女は、見た目から考えられる年齢よりも、幼い。声が出ない分、それを行動にして表しているためなのだろうか。少女が見せる表情は正直で無邪気、たぶん今まで嘘なんか吐いたことがないのではないかと、そう思えるぐらいだ。
 山道を走って登る少女に苦笑して、「転ぶぞ」と声をかければ、彼女は振り返りこちらを見てにこっと笑みを浮かべた。そして、再び前方を向いて、駆け出していってしまう。大丈夫だ、という笑みか。
 少女との意思疎通は、半分以上は僕の勘だ。言葉がないことが、こんなに不便だとは思わなかった。しかも、少女は文字を書くことができない。最初は紙にでも何にでもいいからいいたいことを文字に書かせて意思疎通を図ろうとしたのだが、それもできず、仕方がなく、僕は少女が首肯するかどうかで何を言いたいのかを判断することにしたのだ。しかし、やはり、イエスかノーだけで少女が言いたいが容易に分かるわけがなかった。
 彼女を拾ってすぐはそれはもう苦労したけれど、今はもう、意思の疎通はかなり楽にできるようになった。少女の表情とか口や手の動きをうまく読み解いて、言いたいことを想像する。そして少女にそれでいいのか確認して、会話を進めていく。面倒ではあるが。


 木の実が多く取れるところで一度籠を下ろし、少女は木の実を、僕は仕掛けておいた罠を確認しに行く。時々ではあるが、小動物が引っかかっていることがあるのだ。そう多くはない食料のひとつなのだから、兎の一匹も無駄にしたくない。街にいる仲間から受け取れる食料もあるにはあるが、ご時世もご時世である。半年に一度ほどしか受けられない仲間からの食料援助も、戦況の変化によってはいつ途切れるともしれない。これから、冬もやってくるのだ。準備をしておくのに、越したことはないだろう。
 罠には、白兎が一匹引っかかっていた。冬も間近なため、まるまるしている。これなら、ちょうど良い大きさだ。そんなことを思いながら兎はその場で息の根を止めて、耳をしばり、少女にその姿が見えないように持っていたタオルで包み込む。
 少女は、血が嫌いだった。どうやら、彼女は自分以外の家族が殺された所を見てしまったらしく、その記憶が甦るからなのだろう。血を見ると、驚きガタガタと震えだして、痙攣のようなものを起こすのだ。最初出合った時ほどひどくはなくなったが、それでも、見えないに越したことはない。
 少女と合流し、今度は山菜を探す。それらは、乾燥させたりして冬篭りの間の食料とするのだ。少女とあの小屋で冬を迎えるのは、三度目だった。今までの経験からしっかり食料を準備し、薪も十分に中に入れて蓄えておく。そして、雪が解けるまではできるだけ小屋の中に引き篭っているつもりだ。水は外にある雪を溶かして使えばいい。


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