竪琴弾きと春-2-  

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短調な作業を繰り返すのは、昔から好きだった。
 何も考えなくてすむ。長い時間そうしていても、苦痛に思うことは無い。何か考えなくてはいけない状況でも、脳内が痺れたようになって、考えることはできないのだ。だから、ずっと耐える事ができた。悪夢から逃れられた。
 腕を振り下ろすと、かん、と硬い音がした。
 重い手ごたえに力を入れると、先ほどとほとんど変わらない様子で、薪が割れる。乾いた音を立てて転げ落ちたそれを拾って、少し離れたところにある、薪入れへと投げ入れた。後でまとめなくちゃな、とそんなことを考えながらも、僕はもう一つ、薪を目の前に置いた。再び腕を振り上げて、降ろす。


 かーん…………。


 木々の間にこだまする透明な音が、気持ちいい。
 僕は、この冷たい空気が好きだった。昔は山の中に居ても暗さしか感じられなかったけれども、今にしてみれば、白い光と朝露美しく木々の中に映えているこの山は、美しいところだと思えたのだ。
 薪が割れる。
 子供の頃は、母親にたたき起こされたことも多々あった。なかなか起きれなかった僕の習慣が変わったのは、軍隊に入ってからだ。
 当然だ。目覚めなければ死ぬ。結局眠りが浅くなって、常に極限状態に追い詰められることになるのだ。自然、寝れなくなる。寝起きがいいわけではない。しかし、朝の空気が好きになったのは、やはり、軍隊に入ってからなのだろう。
斧を置き、ふうと息を吐く。汗を拭き、冷たい風に身を当てていたところで、ぎぃと扉が開く音がした。
 振り返り、扉の影から様子を伺うようにこちらを見ていた少女と目が合う。じっとこちらを見上げているその様子に苦笑しながら、おはよう、と声をかけると、少女は無表情にこくりと頷いた。そして、やはり何か言いたそうにこちらを見上げてくる彼女に、少し首を傾げる。
「ええっと、水はあるよね」
 こくり、と頷かれる。
「薪とか食材は足りてる」
 再び、こくり。
「ご飯、できたの?」
 こくこくと小さく二度頷いた少女に、分かった、と返答する。
「直ぐ行くから」
 そういえば、少女は再び小さく頷いた。くるりとこちらに背を向けて去っていく少女を見送る。そして、散らばった薪を集めて積み、柄杓で水を飲み手を洗って、僕達の小さな山小屋の中へと入ることにした。


 僕はまだ、少女の声を知らない。



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