竪琴弾きと春-5-  

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 冬の一歩手前。
 木の葉も完全に落ち、冬の気配が微かに鼻をついて来た、そんな時期。僕は、一度町へと出ることにした。少女は、いつもそうするように悲しそうな顔をして僕を見たが、僕はなんとか彼女をなだめることに成功した。
 彼女は、一人になるのを嫌がる。家族を殺された時の記憶が、思い出させるからなのかもしれない。それでも僕は、町に行かないわけにはいかなかった。冬篭りのために揃えなければならないものが多くあったし、また、僕自身、戦争の状況を知りたがっていたこともあった。


 麓の町ならば、一週間ほどで往復することができる。僕を心配した嘗ての仲間がそこまで来てくれることになっていて、前もって頼んでいた物品と情報を受け取るのだ。
 淋しそうな表情の少女を残し町へやってきた僕は、空へと霞んでいく白い吐息を眺めながら大通りを通り過ぎ、いつもの細いわき道へと入る。暗いボロ家に上がりこみ転がされていた空箱に腰掛けて、よぉ、と声を掛けた。
 寒そうに座り込んでいた男が、僕のことを見て少し笑う。一見すると浮浪者以外の何者でもないが、長い髪で眼差しを隠しているこの男は僕の元戦友であり、今でも軍に関わっていると聞いた。


「久しぶりだな。半年振りか」
「そんなもんか……あの子はどうした?」
「置いてきた。まだ、危険だろ」
「まあな」


 僕の言葉に彼は頷き、ほれ、と荷物を差し出した。缶詰などの保存食料が詰め込まれたそれを受け取って確認する僕に、それで、と彼が言葉を続ける。


「元気なのか、あの子」
「まあ。相変わらず、しゃべらないけどな」
「手ぇ出して無いだろうな」
「俺がそんな奴にみえるのか?」
「さあ?」


 問うてみればにやにやと笑いながら返されて、少しむっとする。僕の批判的な視線を笑って受け流す彼は、そうだ、軍の時代もこうやって人をからかって反応をみては、にやにやと笑う奴だった。全くもって、性格が悪いと思う。しかし、特に楽しみのないあの生活の中で、そういった楽しみを見つけ出した彼を、僕は責めるつもりは無い。


「それで、医者は」
「駄目だ。まだ、状況が収まらないからな。危なくて会いに行く事すらできない」


 そうか、と呟き彼がため息を吐く。
 少女を拾ったのは、軍隊に居た時だった。
 上司に知らせれば殺される可能性が高かったので、彼と二人で少女を隠し、なんとか軍医に見せたのだ。しかし、怪我の治療を主とするその軍医には、何故少女が声を出す事ができないのかが分からなかった。だから、その原因を知る為に医学で名の知れたある街から医者を引っ張ってこようとしているのだが、厳しい戦況にあるこの中で、出てきてくれるような酔狂な医者はそうそういない。


「この冬な。状況が、変わるぜ」


 突然言われて、え、と声を上げる。目を瞬かせて彼を見れば、まばらに髭を生やした男は軽く肩をすくめた。それに、少し目を細める。


「確実か」
「多分な」
「おいおい」 


 呆れた声を出せば、彼はしょうがないだろうと声を上げた。そして、まあ、と言葉を続ける。にやりと笑うのは、また何かムリなことを言おうとしているのか。
 何だよ、と促せば男は、くつり、と笑った。


「一ヵ月後だ。動きが見えれば、この冬が山場になる」
「……もう一回、来いってか?」
「知りたいなら、だ。別に、ムリにとは言わんさ」


 含みを持たせるように言われて、分かったよ、と片手を上げながら返答した。


「一ヵ月後、だな」


 言いながら、金色に光るコインを一枚渡す。兵隊としていた時に他の人と賭けなどして遊んだ時に巻き上げた、それだ。僕は賭けがうまいのか結構な金額になっていて、彼が情報や食料を持ってきてくれるのに対し、手間賃として一枚ずつ渡すことにしている。
 もし本当に冬に山場を越えるというのならば、それで戦争が終わるというのならば、少しでも早く知りたかった。僕はまだともかく、少女にいつまでもあの山小屋に住まわせていくわけにはいかないだろう。色々、不便もあるわけだし。


「これで戦況が読めるんだ。安いと思っとけ」


笑いながら彼にそう言われて、僕はため息を吐いた。
 二人の人間が暮らすには、あの山小屋は狭すぎるのだと、そう思う。

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