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「……これで、五人目か」
「相変わらず、むっごいやり方やなぁ……」

 嫌そうな顔で、太り気味の男……デュークがいい、目つきの鋭いもう一人の男、ホークスは無言で頷いた。
 そして、頼む、という短いホークスの指示に従って、女性の傍に窮屈そうにしゃがみ込んだ。
 のんびりと手を伸ばし、女性を覆っていた布を剥ぎ、眉をしかめながらもその傷口を見る。
「……傷の位置、形状からしても……同一犯で間違いないやろ」 「そうか」
再び女性に布をかけ無言で手を合わせるデュークをちらりと見て、ホークスは、ふむ、と考え込むように顔の傷跡に指を這わせた。
 左目の上を通り頬にまで及ぶ大きな傷跡は、ホークスがまだ若かった時分に負ったものだったが、医者の真似事で治療を担当するデュークや、母親代わりのローズやマリーにも、一生消えないだろうといわれたものだ。そして実際、こうしてこの傷跡は残っている。


 この、女性ばかりを狙った殺人が始まったのは、やく一ヶ月前だった。それから、週に一度、まるで儀式を行うかのように、一人ずつ女性が殺されていっている。
 一人目は、腰までの豊かな金髪を持った、娼婦だった。何人もの男を虜にする、と有名な娼婦で、実際に見た彼女は、大変美人であった。とはいっても、傷口を見られるのを嫌うホークスが外に出る時は大きな鍔のついた帽子を被っている時だけであるし、その娼婦を買った事はなかったので、初めて対面したのは死体になってから、ではあったのだが。それでも、美人だと思える顔は残っていた。身に着けた衣類は全て高級品で、貴族の男から貢がれていたことは、明らかであった。
 二人目は、南に住む孤児の娘。年の頃は十六から十八であり、最近になって恋人ができたという話だった。それがどこの誰なのか、知っている友人はいなかったものの、彼女が住んでいた家を張っていたところ、一人の男を捕まえることができた。聖教の教徒であり、神学校に通う青年だった為、知らせれば皆に反対されると思い誰にも言わなかったのだろうと推測された。
 三人目は、乞食の女だった。いつも帽子を道路におき、一般的なスダ教徒のようにお祈りをし続けながら、地面に頭をこすり付けている姿が、毎日のように目撃されていた。北に住む第二身分である貴族たちと、南に住む第三身分、第四身分と呼ばれる下民との間に存在する広場。そこで頭を下げ続ける彼女を哀れんだのか、面白がってなのか知らないが、立ち止まった貴族の何人かが金を投げ入れることもあった。適当な物を投げ入れてやることもあった。それらが親切ゆえの行動だとは、南側の誰も思っていないが、彼女はそれで生きていた。
 四人目は、南に幾つもある孤児院のうちの一つに勤めていた、シスターだった。南にある孤児院は大体、聖教の孤児院から弾かれた子供たちを受け入れるもので、その他教(この場合は聖教以外の宗教をいう)の神父やシスターにさせるために受け入れているともいえる。彼女は子供たちからも慕われており、恨んでいると思われる人おらず、恋愛を禁止する宗教だったために恋人も居なかった。
 そして、五人目。再び、娼婦の一人が殺された。
 だが、最初に殺された女と違って、彼女の場合は恋人ができたとの専らの噂だった。他の客をとらず、ただその人に自らの身を捧げる為だけに、今までやっていなかった昼間の仕事を幾つも掛け持ち、駕籠の編み方を習って売るようになった、のだという。娼婦は、世に絶望しその身を落とした者が多故に、娼婦という立場から抜け出した彼女は、生きる価値を見つけたのだといえるだろう。
 そんな中、夜遅く家に変える途中で襲われ、殺されたのだ。


「ホークスっ!」
 子供っぽい声に振り返り、背の低いナギの姿を視界に収めた。
 それと同時に後ろに男が一人居るのを認めて、ああ、と声を出す。
 話に聞いた通り、良い身なりをした優男だった。不安と疑惑を混ぜ合わせたような眼で、ホークスとナギを見比べている。
「見つけたか。ご苦労」
「うん」
 軽くねぎらうホークスの言葉にナギはいつものように小さくうなずいてから、眉を顰め、首を傾げるようにしてこちらを見上げてきた。
 右の耳だけについている、赤いイヤリングが揺れる。
「どうした」
「見せてやっても、大丈夫?」
 年齢のわりに幼く見える顔を心配そうに歪めながら聞かれて、ああ、と再び声を出した。弟のリクと比べると賢いとは言えないが、こういうところに関しては、よく頭が回る。
 軽く頷いて、くい、と顎で女が倒れている通路の奥を指した。
「連れてってやれ。見たがってるなら」
「わかった。こっち来て」
 ホークスの言葉に直ぐに頷き、ナギは手をこまねくようにして、優男を死んだ女の前に押し出した。立ち上がったデュークが場所を開けて、優男に女がよく見えるようにと移動する。
 恐る恐る、という風に優男が布をめくった。赤い血のついたそれを、まるで汚らわしいものを触るようにつまみ上げ、中を覗き込み、
 ひぃ、と小さな悲鳴を上げて、後退った。
「あ、あ、ぁ……」
 ばさっと音を立てて、布が彼女の上に落ちる。
 半分崩れた女性の美しい顔が、青い無機質な瞳が、男を映し出していた。
「あ……なん、で……」
 女性に触れようと伸ばされた手が、一瞬、戸惑う。
 静かに下がった指先が地面に落ち、土をこすった。
「お前の恋人で、間違いはないか?」
 ホークスが声をかけると、男は驚いたように彼のことを見上げた。
 そして、ああ、と気の抜けたように答えて、再び女性のことを見る。
 なんで、と再び小さな声で呟くのが聞こえた。
「なんで、彼女が……」
「犯人に、心当たりはあるか?」
 呆然とする男に聞くと、こちらをぼんやりと見上げた後に、ゆるゆると首を横に振った。
 そうか、と呟くようにして答える。
「……わざわざすまなかったな。彼女には身内がいない。葬儀は、どうする?」
 聞けば、男は……そして横で心配そうに眉をしかめていたナギが、こちらを見てきた。
 そして、ああ、と小さく呟いた男が、再び、首を振る。
「……俺には無理だ。体裁がある」
「妻子か」
「…………」
「こちらで埋葬しても?」
「……ああ」
 助かる、と続けた男に、ちょっと待てよっと声を上げたのは、案の定というべきか、ナギだった。
「あんた、その人のこと好きだったんだろっ? 姉ちゃんも、すげぇ喜んでたんだぜ。好きな人ができた、やっと、一緒に生きられる人ができたってっ! 仕事やめたのだって、あんたのために……んぐっ!」
「あほ、子供が口出すもんやあらへん」
 デュークに後ろから口を押さえられて、じたばたと暴れたナギが、文句ありげにこちらを睨んで来る。
 まるで俺がが悪いかのように睨みつけてくるナギにホークスは肩をすくめて答え、すまないな、と男に向って言う。
 男は軽く首を振って、既に遺体となってしまった元恋人を見つめた。
 その視線の先を追いながら、ナギの奴は、とホークスは言葉を続けた。
「あいつは、その彼女の知り合いだったらしくてな。あんたを探すべきだって主張したのも、あいつなんだ」
「……そうか」
「彼女から、あんたのことを聞いていたらしい。迷惑だったかもしれんがな」
 俺の言葉に黙り込んだ男を見て、未だにナギの口を押さえていたデュークに声を掛ける。
「ロイと、彼女を葬儀屋に連れて行け。ナギは、仕事に戻ること」
「了解」
「仕方あらへんなぁ」
 ロイとデュークがそれぞれに答えて、デュークの手から逃れたナギが「で、でもっ」と慌てたように声を上げた。
「姉ちゃんはどうなるんだよっ! 可哀想じゃんかっ」
「ナギ、黙れ」
「でも! 姉ちゃんは……っ」
「さっさと仕事に戻れ。減俸されたいのか」
厳しい声で言われ、ナギはびくりと驚いたように反応した後……わかった、と小さな声で答えた。
 そして、男を一睨みしてから、くるりと背を向けて走り出す。
 あれは、帰ってからまた何か言ってきそうだな、と思いため息を吐いてから、ホークスは「あー」と声を発した。
「ロイ、デューク。任せた」
「わかった」
「……仕方あらへんなぁ」
 相変わらずの無表情で頷いたロイと、本当に面倒くさそうに頷いたデュークに失笑を返してから、それで、と再び男の方に向き直る。
「葬儀に関してはこちらで済ませる。その際には、あんたは呼ばない。それでいいな?」
「……ああ」
「手間を掛けたな。誰かに送らせよう」
 挨拶代わりに手を差し出しながら言うと、男はその手をしばし眺めた後に、いや、と首を振った。
「結構。子供じゃないんだ、一人で帰れる。……これ以上、世話にはならない」
「そうか」
 答えて、手を下ろす。
 背を向けた男を視線だけで見送って、横に控えていた若手の男に、目配せをした。
 軽く頷いて男を追っていくジャンを見送って、ふぅ、と息を吐きながら帽子を取って軽く仰ぐ。


「……ってと。何か釣れりゃいいがな」
 呟き再び帽子を被って、歩き出す。
 五人目ともなれば、向こうにも連絡をとるべきか、と思いながら。

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