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 第一階層から第四階層にまで分かれるこの王都には、第一身分から第四身分までに分けられた多くの人々が住んでいる。
 第一身分とは王家とそれに属する人々であり、第二身分は主に王城で仕え「ド」をその名に冠した貴族か、「サー」の称号をもった人々が分類され、上層に住んでいる。一方、下層に住む人々は、第三身分と呼ばれる一定の税金を支払っている人々……主に商人と、それすら敵わない第四身分とに分けられた。
 そんな、第二階層の中に、「学園」とのみ呼ばれる王立学園がある。主に貴族の子息が通うところではあったが、高額な授業料を支払える第三身分の子息が通うこともあった。
 規則の上では、入学する上で身分による規制は設けられていない。だが、リクのように、第四身分でありながらこの学園に通う者は、それ以前に存在しなかった。


 片手に図書館から借りた何冊かの参考書をもって、リクからしてみれば無駄に装飾豊かな廊下を歩いていると、楽しげに話していた数人の男子生徒たちが、自分のほうを見てにやにやと、あからさまに指をさし喋りだすのがわかり、リクは小さくため息を吐いた。
 またか、というのも馬鹿らしい。昔ほどあからさまな嫌がらせ……というレベルも超えていた気がしたが、それが無くなってもまだ、こういった小さな嫌がらせは残っていた。時々、転ばせようとするのか足を出されるが、流石にそれで転ぶほど運動御地でもないし。
 よし、無視しよう。
 そう決めてさっさと通り過ぎようと足を速めたところで、
「やあ、リク君」
 呼びかけられた。
 出そうになるため息を抑えて、振り返る。
 よく手入れされたさらさらした金髪と、この国では一般的な碧眼。女子に人気が在るのは割と顔が整っているからなのか、それとも身分の問題なのか。
 第二身分の中でも上位になる彼、シリル・ド・カートは、何故かやたらと、リクにちょっかいを出して来るのだ。


 伸ばされた手から咄嗟に逃れようとしたが、やめる。妙に抵抗するよりは大人しくしていようと思い、奪われた本を視線で追う。
 シリルはリクから取り上げた本をしげしげと眺め、わざとらしく、首を傾げて見せた。
「これは参考書かい? 安っぽい本だね」
「……図書館から借りたんだよ」
 面倒だと思いながら答えると、シリルはへぇ、と声を上げた。
 後ろにいる取り巻き二人が、馬鹿にするように笑うのが見える。
「何だ、こんなのも買えないのか、貧乏人は」
「うわー、ありえないな」
「マジ笑えるんだけど」
 ふん、と自慢げに笑いながら言うシリルと、同調する取り巻き二人。関係の無いフリをしながらもちらちらとこちらを見ていた数人の生徒が、くすりと笑うのが見えた。
 ……これだから、金持ちは嫌いだ。
 そうは言っても、このタイミングで食って掛かれば余計に馬鹿にされ……運が悪ければ問題児扱いされるのは目に見えていた。近くに教師はいないようだが、それでも、告げ口されて被害を被るのだけは、避けたい。


 最下層にあたる第四身分でありながら、王へ仕官する者や貴族のための学校へ通う、異例の存在。それだからこそ、妬まれやすく、目をつけられやすいというのは、入学する前から分かっていたことだ。成績もトップクラスを取り続けなければ、奨学金のみならず異例の入学も取り消される可能性があるから、無理をしてでもその条件をクリアしてきた。
 そのせいで余計に、プライドの高い貴族の坊ちゃんから睨まれることになり、絡まれる。絡まれて反論すれば、当然リクの方が問題児扱いされて、追い出される。
 正直、自分だけの問題なら、追い出されても良い、とリクは思っていた。
 学園から出た学生の多くがそうするように城に仕えるつもりはないし、貴族が相手では世界が違いすぎて話も合わない。ほんの数名、裕福な商人の子が仕官のために学校に通っていることもあり、そういう人達とならそれなりに話も合うのだが……、こう絡まれていては、関わりたくもないだろう。
 そんな孤独感にも、慣れてきた。楽しくも無い。
 唯一、勉強だけが楽しみだった。
 それでもやめないのは、兄のナギが期待しているのを知っているからだ。
「リクは頭いいから。俺は馬鹿だからわかんねぇけど、リクだったら、勉強して、いい暮らしできるようになるだろ?」
 学校に行ったからといって、仕官するつもりのない自分がそういい暮らしができるとは思わないが、期待されている以上、こたえないわけには行かなかった。
 兄弟と言いながらも全く似ていない、血もつながっていない兄が身を粉にして働いて、リクが学校に行けるように取り計らっているのだ。
 当然、ナギの給料だけでいけるはずも無く、鷹目のホークスから借金をして、という形にはなっているのだが……計算高いホークスのことだ、俺をここで学ばせることが、ひいてはギルドの得になると考えてのことだろう。
 利用されているようで気に入らなかったが、期待に目を輝かせる兄の姿を見てしまえば、いやだ、とはいえなかった。


「仕方がないなぁ。貧乏人のリク君の為に、僕がこの本を買ってあげよう」
 笑顔でいうシリルを見て、嫌な笑みだなぁ、と思う。
 こういう奴が、今後、国の中心に送り込まれるのかと思うと、ため息を吐きたくもなる。
「……いらない」
「遠慮することは無いんだよ。貧乏人には、紙も買えないと聞いたことがあるからね、写しも取れないんじゃ、可哀想だ」
 確かに、紙なんて高いものは買えない。
 羊皮紙だって安くはないし、出来るだけ使いたくは無い。
 それでも。
「覚えるから、大丈夫」
 一回じゃ無理だろうけれど、何度も読めば頭に染み付く。
 それで十分だ。わざわざ書く必要はない。
「へぇ、意地張っちゃって。成績維持すんのにも、必死こいてるくせに」
「まあ、否定はしないけど……本、返して」
 肩をすくめて答えてからそう続けると、シリルはあからさまにむっとした表情になった。……めんどくさい。
「第四身分のクセに、偉そうに言うなっ」
「……本、返せってば」
 段々疲れてきて、呆れた口調で言えば、それが余計にシリルの神経を逆撫でしたらしい。
 猫だったらふーっと毛を逆立てているような、そんな雰囲気で、イヤだ、と答えてくる。
「頭下げろよ。そしたら、返してやってもいいぞっ」
「……くだらな……」
「何だよっ」
「リークッ!」
 聞きなれた声と同時に首に重みがかかり、腕を回されたのだと気付く。
 見上げると、予想通り……
「……マーク」
 名を呼びながら友人を見上げると、彼は薄茶色の目を面白そうに細めながら、こちらを見下ろし、ぐいっと腕に力を入れた。
 痛いっての。
「遅ぇと思ったら、お前こんなとこで何やってんだよ? っと、シリルとお話中かな?」
 にやにやと笑みを浮かべながらシリルのほうを見ると、シリルは気まずそうな顔をして、ほら、と本を差し出してきた。
「ちょっと、これについて聞いてただけだ」
「へぇー? そうは見えなかったけどな」
「……マーク、やめとけよ」
 重い腕をどかしながら言い、シリルから本を受け取る。
 気に喰わない、という表情で俺を睨みつけていたシリルが、ふん、と一つ鼻を鳴らして、くるりと背を向けて歩きだした。シリルの取り巻きが慌てたようにその後を追っていくのを見送って、ふぅ、と小さくため息を吐く。
「ありがとう、助かった」
「いんや、気にすんな」
 リクの言葉に笑いながら答えるマークは、この学校における数少ない友人の一人だ。その中でも、両親が商人として街の南側に住んでいることもあってか、考えが近く、馬も合う。リクとは違う意味で浮いているのも、馬が合う理由の一つかもしれない。
 そもそも、商人の息子であるマークがこの学校にいるのは、力ある貴族である祖母のお陰(本人は祖母のせいだ、と言っているのだが)だという。第三身分の男と駆け落ちした一人娘を勘当するという形で結婚を承認したものの、今度は跡継ぎがいない。そこで、その子供……つまりマークを跡継ぎとして立てることを約束させたのだ。
 当然、マークの両親はそれに反論。
 妥協策として出てきたのが、この学園への進学後、本人に決めさせる、といったものだったそうだ。
 祖母としては当然、貴族の多く通うこの学校へ行けば自然と、仕官したくなるはずだと考えたらしい。
 だが……
「っつーわけで、さっさと行こうぜ、リク。南の広場でさ、フットボールやるって言うんだ」
 こんな風に、第三、第四身分の子供と遊ぶのが専らの楽しみであるマークが、喜んで貴族になるとも思えない。自分でも商人になるのだと言っているし、貴族もこの学校も苦手だとはっきり言い切っているのだ。貴族になるはずがない。
 制服のボタンを開け、ネクタイもゆるくしか締めず、貴族ではやりの長めの髪はうっとうしいと、茶色に近い金髪を短く適当に切っているマークは、当然、教師からも目をつけられている。それでも自由にやって学校から追い出されないのは、祖母が原因だろう。
 教師も、さっきのシリルも、マークの後ろに貴族としての祖母の力をみるのだ。だから、何もしないし、何も出来ない。
 だからこの学校は嫌いだ、とマークは言うのだが。


「あー、ルールは?」
「リクが提案した通り、審判起用。親父達にも怒られるしな、怪我しそうな奴出たら、即終了で」
 だから来いよ、と楽しげな笑顔で言われれば、断る理由もなくなる。
 今、第三・第四身分で人気があるのはこの、フットボールだった。だがこのゲームの難点は、ルールがなく、ほぼ喧嘩同然だということだ。怪我人続出の遊びを、貴族の生徒達は野蛮だと敬遠し、同時にうらやましがっているようだった。
 楽しいゲームだが、怪我ばかりしていては体が持たない。
 兄貴に怪我を心配されるのもイヤで、幾つかルールを設けたい、と最初に言い出したのはリクで、同世代の子供たちはそれに賛同した。
 それでも、興奮するとルールも何もなくなってしまうのが欠点だった。だから、今度は審判という役割を作って、ルールを破った子は外に追い出す、ということに仮に決めたのだ。
「……なら、行こっかな」
「そうこなくっちゃ! 当然、リクは俺のチームだからな?」
「わかってるよ」
 笑いながら答えて、歩き出す。
「メンバーは……」
「いつも通りだけど、ユフィの奴が来たいって言ってたな」
「ユフィが?」
 驚いて聞き返すと、マークはにやりと笑って頷いた。
「目的はわかってるけどな、リク?」
「……何が良いんだろうなぁ」
 からかうような口調に、ため息をつきながら答える。
 それに対して楽しそうに笑って答えたマークを一睨みすると、悪い悪い、と悪いと思ってなさそうな口調で謝られた。
「ま、でも、貴族のお嬢様方よりゃマシだろ」
「そりゃ、そうだけど」
 答えて、ユフィの事を思い出し苦笑する。
 フルネームは、ユフィリア・ホーダン。彼女もこの学校では珍しい南側の住人で、ある商人の娘だった。
 彼女自身が「成金商人」だと言っている通り、父親の代で急成長し、この学校に娘を、そして時が来ればその弟も入学させることが出来るまでになった。
 となれば当然、続いて狙うのは「貴族」の座。「サー」の称号だろう。
 生まれた身分は、当然変えることは出来ない。だが、その功績を認められれば、稀にではあるが、「サー」の称号を王から賜ることができる。それこそ、下民が上の階層に上がれる、唯一無二の手段だ。
 そのために必要なのが、貴族側とのつながりを持つこと。貴族の常識を知り、知識を得、会話をすることが出来る「優れた」人物になることなのだ。
 娘であるユフィがこの学校に来ているのも将に其の為で、父親としてはユフィは貴族の誰かと婚姻関係になって欲しいのではないかと疑っているが、何故か、当の本人にそのつもりはないらしい。
 第四身分であり、この学校の異端児であるリクに、事ある毎に話しかけ、一緒にいようとするのだ。興味本位で話しかけて来てキャーキャーと騒ぐ貴族のお嬢様方もいるが、それと同じなのか違うのか、イマイチ判断がつきにくい。
 ……まあ、最初に話しかけたのはリクの方で、それはほとんど誰も来ないようなベランダでユフィが落ち込んでいたから、気になったからなんだけれど。割と話も合うし、楽しいといえば楽しいし、男として可愛い女の子に好かれるのは嫌な気分じゃない、というかむしろ嬉しいが……。
「まぁ、いっか……」
「あらあらリクちゃん、嬉しいなら正直にいいなさいよ。憎いわねぇ、モテル男はっ」
「その口調やめろってば、気持ち悪い」
「失礼ね。これのどこが気持ち悪いのよっ」
「全部だよ。ほら、さっさと行くぞ、マーク」
「はぁーい」
 ふざけて答えるマークとともに、歩いていく。
 とりあえずは、適当にフットボールを楽しむかな、と考えて伸びをした。

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