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 あなたは、運命の人、というものを信じたことが有るだろうか。
 シリル・ド・カート、十五歳。
 運命なんてものを、信じたことはなかった。
 けれども、ああ母上、貴女がおっしゃったとおりでした。
 運命はある。僕は今日、運命の人に出会いました。


「……あの?」
 明るい、はしばみ色と言えばいいのだろうか、大きな茶色の瞳が、不安げにこちらを見ていた。身長は同じぐらいか……彼女の方が少し高いぐらいか。歳は多分同じぐらい。身分の低そうな服装がちょっとだけ気になったが、それよりも美しい金色の髪に触れてみたいという衝動を抑えるのが大変だった。
 高鳴る胸の動悸を抑えて、シリルは何とか微笑んだ。
 うまく微笑めただろう。いつだって、自分の微笑みは完璧だったのだから。
「どうしましたか、お嬢さん。こんなところで」
 そう聞く分には、なんら不思議なことはないだろう。
 何と言ったってここは学園の校門前であり、学園関係者でなければほとんど用事の無いところだ。見たことの無い人がいれば、皆すぐに気付く。
 そして、この美しい少女はおそらく、最下層の民。こんなところにいるべき人ではないはずだ。
 シリルの言葉に、少女はほっとしたような表情になって、あの、と言葉を続けた。
「リク……くんを、呼んでもらえますか?」
 ……どうやら、自分の尤も嫌いな奴がライバルらしい。
「……えぇっと、リク……君ですか。第四身分の」
 聞くと、彼女は少々眉をしかめて、軽く頷いた。
 その様子もまたかわいらしいのだが、何故あいつなのか、と思うとむかむかしてくる。
「他の誰かではなく」
「リクです」
 思いがけず即答されて、目を瞬いてから、わかりましたとため息を吐く。
 後ろに控えていた取り巻きの一人に呼んでくるように言い、彼女に向き直って笑顔を浮かべる。
「少々、お待ちいただくことになりますが」
 その間、どこかのカフェにでも連れて行こうかと思ったのだが、彼女は当然のように小さく頷いて、門柱に寄りかかった。
 ここから動くつもりは無い、ということだろうか。
 俯いて、つまらなそうに足元の小石を蹴る。子供っぽさが見え隠れするその仕草もまた、可愛らしい。耳元にある赤いイヤリングが光を反射し、キラリと輝いた。
 しばらくの間、黙って奴を待ち……何とか話題を見つけ出して話しかけようとしたところで、シリル、と空気を読めなかった誰かが話しかけてきた。
 早すぎるんだよ、空気読めばか。


「俺に用事って……」
「リクっ!」
ぱっと、顔を上げた少女が、嬉しそうに呼びかけると、リクは驚いたように目を瞬かせて少女のことを見た。
 さっきまですごく詰まらなそうな表情だったのに、何故奴を見た途端にそんなかわいらしい笑顔をみせるんだ。好きなのか。まさか、もう失恋決定ってことではないだろうけれども。
 むかむかとする気持ちを抑えつつ、実はな、と自分の存在を思い出させるように大きめの声を張り上げた。こちらを見てきた奴に、この方が、と言葉を続ける。
「……お前に会いたい、とおっしゃったんだが」
「え、いや、でも……」
 リクが、戸惑った顔で彼女を見る。
 一緒についてきたらしいマークが、彼女を一目見て、へぇっと声を上げた。
「可愛いじゃん、誰これ? っつか、何でこんな可愛い子がいるって黙ってたんだよ、俺に紹介しろよなっ」
「――僕も、是非紹介してもらいたいところなんだが」
 マークの言葉にシリルが便乗して言うと、リクは呆れた顔で「シリルまで何言ってるんだよ……」と呟いた。
 そして、困った表情で少女を見て、それに、と言葉を続ける。
「頼まれても、俺、この人のこと……」
 知らない、と言いかけて、リクは口を閉じた。
 なんとなく見覚えのあるような少女のことをじっと見て、耳元にあるイヤリングに目をやって、ようやく気付いた。
 そして、非難するような少女の視線を受けて、がっくりと肩を落とす。
「……何やってんの?」
「……」
 無言で指差された方角をちらりと見て、納得する。
 詳しくは、向こうで聞くか。
「おいリク、誰だよその子。紹介しろーっ!」
「そうだぞリク君。君には、我々に彼女を紹介する義務があるっ!」
「ないよ。っていうか、シリルも何でそんな必死なのさ……」
 思わず突っ込んでから、ため息を吐き、ちょいちょいとマークを手招き、よく見なよ、と言ってやる。
「知ってるでしょ」
「はぁ? こんなかわいい子がいたら、幾ら記憶力の悪い俺でも」
「い、い、か、ら。よく見ろ」
 そうリクに言われて、マークはしぶしぶ少女の顔を覗き込んだ。
 それが恥ずかしいのか、少し俯きながらもじっとこちらを見返してくる少女。確かに、なんだか見たことがあるような気がする……っていうか、このイヤリング。
「……ナギ、さん?」
「そう」
「えぇ、ちょ、マジでっ!? うわぁ……」
 驚いた顔をしたマークをちらりと見て、そういうわけで、とリクは言葉を続けた。むっとした顔で顔をそらすナギの背中を、ぽん、と叩く。
「ここじゃ目立つし、行こう。マーク、また明日」
「……ん、ああ」
「ほら、行くよ」
 少女の背を押して去って行ってしまうリクを見送って、ふむ、とシリルは小さな声で呟いた。
「おい。ナギさんと奴は、どういう関係なんだ?」
「……ん、ああ、兄弟だけど……」
 びっくりしたぁ、と呟くマークに「そうか」と答え、ほっと安堵する。
 兄弟、兄弟か。ならば、自分にもチャンスがある、ということだ。
 そう考え、よし、とシリルは小さくガッツポーズを作った。
 過去のことは水に流し、明日からは奴と仲良くするように努力しよう。そして、あの方と……。
 ふふ、と笑ったシリルを、隣にいたマークが不審そうな目で見ていた。

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