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「で。どーいうことさ?」
 目立たないところ、と考えた結果、結局、二人の家……つまり『鷹目』本部へ帰って来ることとなった。
 二人の後ろからついてきたのは、笑いをこらえているデュークと、笑って良いのか哀れめば良いのか、それとも呆れればいいのか分からずに、微妙な表情で歩いているジャンだ。
 学園の前でナギが指差した先にいたのが、この二人だった。


 『鷹目』本部、と言ってもかつて宿屋だったのを改造したところなので、それらしい何かが有るわけではない。
 一階はかつて酒場として使われていたのをそのまま、皆が集まる広間として利用しており、またかつては宿だった二階は、家を持たない、または持てないナギやリクのようなメンバーが部屋を借り住んでいる。
 その一階の広間、幾つも有るテーブルの一つについてデュークとジャンに聞くと、デュークはこらえきれないというように笑い出し、ジャンはため息を一つ吐いて、「実は」と言葉を発した。
「ナギの奴がさ、絶対女装だってばれるって主張するから、んなことねぇってことを証明しようと思って」
「せや。リクがすぐに分からなけりゃあ、ほとんど誰にもバレへんよって言うたんよ」
 ジャンの言葉に便乗するようにデュークがいい、楽しげに笑った。
「そしたら、ナギが『リクならすぐ気付く』って主張するもんやで、面白ぅなって、ほなら気付くかどうか賭けようって話しになったんよ。わしの勝ちやな、ナギ?」
「……んなことねぇよ」
 からかうように言われて、ナギは拗ねたように口を尖らせた。
「だって、リクはちゃんと気付いたぜ。マークだって」
「すぐに、ってのが条件やろ。大分悩んどったやないか。なぁ、リク?」
「……そりゃあ、すぐにはわかんなかったけど」
「リクぅー」
 情けない声を上げる兄(未だ女装中)を見て、そんなことよりさ、と言葉を続ける。
 がーん、とショックを受けたような様子のナギは放って置いて、二人の方に向き直る。
「で。結局、なんで兄貴はこんな格好してるのさ? 遊ぶにしては、本格的だけど」
 聞くと、デュークは「ああ」と頷き、ほら、と言葉を続けた。
「自分も知っとるやろ。ココ最近、連続で五人も殺されとる事件」
「うん。大体は兄貴から聞いてるけど……まさか」
「そのまさか、だよ。犯人の手がかりがないから、囮捜査をやろうってことになったんだ」
 ジャンの言葉に、思わず「うわぁ……」とうめく。
 予想通り過ぎる。
「で、兄貴が囮役」
「適任やろ?」
「……そこは否定できないけど」
「リクっ!?」
 ショックを受けたらしい兄に、ごめんというように両手を合わせて見せてから、でも、と言葉を続ける。
「女装したところで、囮になるの? 狙われる人の特徴とか分からないと、向こうが引っかかってくれるかなんて……」
「一つだけ、あるな」
「……ホークス」
 急に割り込んできた声に、リクは思わず眉をしかめた。
 どうせまた、囮をやれといったのはホークスなんだろうと思うと、養ってもらっているとはいえ、どうしてもいい気はしない。兄貴が承諾した以上俺が文句を言える立場でないことは良く分かっているけれど、危険じゃないか、と言うぐらい許されるのではないか、と思う。
 まあ、言うと、兄貴が「心配しなくていいよ、俺は平気だから」というのが目に見えているから、言わないのだけれど。


「どの女性も、第一、第二身分に男性の知り合いが居た、ということだ。それがどういう関係なのか、ってのは統一見解はないが」
「曖昧すぎ」
 腕を組んで言うホークスに言い返すと、彼は長い髪の下で苦笑したようだった。
「そんな人、一杯居るでしょ。他にないの」
「なきにしもあらず。だが、お前にいう必要は無いな」
 はっきりとそう言い切られて、思わず言葉に詰まる。
 お前は部外者なのだから、口を出すな。そう言われた気がした。
 確かに、兄貴と違って、俺は『鷹目』の仕事に参加していない、居候のような存在だ。けれども、それは彼らが……特に兄貴が反対して、やらせてくれないからではないか。それなのに、と思わないでもない。兄やホークスを含めた『鷹目』のメンバーが、自分を心配してくれているからだというのは知っている。年が最も下だというのもあるし、学園に通っていることもあるから。でも。
「まあ、必要なことがあれば話すさ。気にするな」
 黙りこんだからだろう、ホークスはそう言い、かき回すようにしてリクの頭を撫でた。
 完全に、子ども扱いされている。
 小さく首肯すると、こちらの心情は分かっているのだろう、苦笑したホークスが手をどけて、隣に座る兄の方に顔を向けた。
 少し面白そうな表情をしたのは、多分、ナギの女装が似合っていたからだ。
「ナギ、しばらくはその格好でいろよ」
「えぇっ! 何でだよ、もう良いだろ。動きにくいしっ」
「だから、だ。お前、囮なんだぞ。全力で走れるようにしておけ」
「この格好でっ!? 無理むりっ!」
「できなきゃ、怪我するだけだぞ」
「でもーっ」
「でもじゃない。慣れる為だ、ちょっと外回って来い」
「えぇー」
「不満そうな顔するな」
「むー」
「ナギ」
「むー。わかった……」
 ホークスに怒った様にいわれ、ナギはいかにも嫌々というように席を立った。
「リク、お前も行って来い」
「……言われなくても」
 ホークスに促されて、むっとしながら席を立つ。
 リクも来るの、というように軽く首をかしげるようにした兄を促して、外へと出る。
 とりあえず、表通りへの道を行くか。そう思って歩き出したリクに付いて来たナギが、なぁ、と後ろから声を上げた。
「リクまで来ることなかったんじゃねぇの。別に、リクは女装してないんだしさぁ」
 不思議そうに言われて、少しだけ笑った。
 そりゃそうだけど、と答えてから、ホークスの分かり安すぎる意図を思って、
「体よく追い出したかったんでしょ。何か、俺達に聞かせたくない作戦でも立ててるんじゃないの」
「……聞かせたくないって?」
「兄貴が反対しそうなことでしょ、どうせ」
 肩をすくめながら答えると、ナギは不機嫌そうな顔で「むぅ」とうなった。
 足にまとわりついてくるからなのか、別の理由からなのかは知らないが、スカートを持ってばたばたとやる兄をしばらく眺めて、あのさ、と声を出す。
「それ、やめた方がいいよ」
「それって?」
「ばたばたすんの。一応、囮でしょ。女の子に見えるようにしなきゃ」
「でも、歩きにくいんだけど」
「そうやって歩く子も、見たこと無いって。犯人、どこにいんのかわかんないんでしょうが」
 そう言うと、ナギは唇を尖らせながらも「わかった」と答えて、スカートから手を離した。
「歩きにくいなら、裾持てばいいんじゃない?」
「……ん」
 当然かもしれないが、どうも不機嫌らしい。
 反応も薄く小さく頷いて、裾を持ち、歩き出す。先ほどよりは歩きやすそうにはなった。
「っていうかさ、それ(女装)、ヤダって言わなかったの」
 言うと、やはりナギは不機嫌そうな表情で、
「ちゃんと言った」
 むーっと一つ唸り唇を尖らせて、でもさぁ、と言葉を続ける。
「他に方法がないんじゃ、しょうがねぇじゃん? 俺が嫌がっても、他にできそうな奴いないからって言われて」
「……そりゃそうだろうねぇ」


 『鷹目』に所属するメンバーの中で、一番年が若いのが、十八のナギだ。それ以外は、一番近くても二十一歳のジャンになってしまうし、他のメンバーは論外。
 もちろん女性のメンバーもいるが、基本的に女性は「そちら」の仕事に参加しない。危険でない仕事ならともかく、今回のような作戦ならなおさら、参加させたくない、というのが本心だろう。
 男でも、キアあたりは綺麗な顔をしている、と言ったのは噂好きなネリーだったはずだが、仕事はよくこなすものの無愛想で無表情なキアには、この仕事は向かないと思われたか。
 まあ、兄貴も嘘を吐くのは苦手だけれど。人として取っ付き易いのは、兄貴の方だろう。
「リークー、何笑ってんだよー?」
「……いや、他の人の女装を想像しちゃって」
「うわぁ……」
「ま、姉貴でよかったんじゃない?」
「うーん、そうなのかな……って、姉貴って何だよっ!?」
「自然でしょ」
「全っ然!」
 必死で否定するナギが面白くて笑い出すと、「リクー」と情けない声を上げられた。

 でも、と笑うリクに釣られて笑いながら、ナギは思うのだ。リクがやることにはならなかったのだし、ついでに笑ってくれてるんだし、それならそれでいい。
 ナギにとって一番コワイのは、リクを「こちら側」に引き込んでしまうことだった。リクには、自分には無かった可能性がある。それを、自分達のセイで奪ってしまうのがイヤだった。ホークスもそれを知っているので、基本的には応援してくれて、リクの学園への支払いも肩代わりしてくれている。でも、俺が仕事の文句を言う時なんかは、まるで、そんなことはどうでも良いことかのように、「言うことを聞かないなら、リクには学園を辞めてもらうしかないな」とか言ってくる。
 いくら俺だって、それがホークスの嘘だってことぐらい、分かっている。
 それでも、何だかんだでホークスはコワイ人だから、実行する可能性だって、ある。そう思うと、イヤだと突っぱねられなくなって、結局はイヤな仕事もしなくちゃいけない。この状況が、すごく恵まれたものであることは分かってるから、不満は言わないし、言えないけれど。
 とりあえず、弟のリクがちゃんと学園を卒業できて、何かやりたいことを見つけて。「こちら側」じゃなくて、貴族の仲間入りとまでは行かなくても、いい暮らしが出来るようになれば良い。それが無理でも、ともかく元気で笑っていられればいい。俺みたいにならなければ良いだけだ。
 でも、今回はイイ仕事だ、とナギは思っていた。ワルイ殺人犯を捕まえるためのものだから、確かに俺は女装とかヤだけど、それ以外の人に迷惑は掛からない。誰かを傷つけなくて済む。リクだって、巻き込まないで済む。
 だから、いい仕事だ。うん。

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