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 失敗した、と思った。
 別に、あんなことを言うつもりは毛頭なかったのだ。
 ただ、何か……マークにはああ言ったものの、さっきの兄貴の様子を見ていたら兄貴にはシリルの誘いは断りきれないだろうなっていうのが目に見えてしまって。だから、自分が嫌われてもいいから、シリルに諦めてもらおうと思ったのだ。
 そうすれば、シリルが今回の件に巻き込まれることはないし、兄貴も仕事に集中できるはずだから。 
 シリルへの誘導は、途中までは、うまくいったように思った。
 あそこで兄貴が困っている可能性を考えるようにしておけば、明日会うだろう兄貴の曖昧な言動を、困っているようにとるはず。そうしたら、諦めてくれる。
 ……まさか、俺が嫉妬していると取られるとは。
 でも、そこまでなら、まだ修正は効いたはずだった。
 というか、修正させるつもりだった。
「もしかして、本当の兄弟じゃないんじゃないか?」
 そこに触れて来るとは、思わなかった。
 他意はない。分かってる。シリルは悪くない。
 けど、
 お前には関係ない。
 そう言われた。
 兄貴に言われたわけじゃないし、ホークスが言ったわけでもない。
 それなのに、ショックだった。
 自分が、自らの立場をそんなに気にしていたという事実もまた、ショックだったのだが。 
 結局、感情的になってああ言ってしまったが……。
「……絶対、誤解された……」
しかも、逆に火をつけてしまった。
 これはもう、本気で、兄貴に直接断ってもらうしかないだろう、と盛大にため息をつく。


 がっくりと肩を落としながら教室に戻ると、ユフィが居た。
 椅子に座ってぼんやりと誰かを待っているらしい様子の彼女に、首を傾げる。
「何やってんの、ユフィ」
「あ、リク君っ」
 立ち上がってこちらに駆け寄り、はい、と荷物を渡されて、反射的に受け取る。
「マーク君が、先に広場行ってるって。私、リク君と一緒に行こうと思って、待ってたの」
 言われて、そうなんだ、と呟く。
 マークが居たら、ちょっと話をしたかったのだが、仕方が無い。小さくため息を吐くと、心配そうな表情で「リク君?」と声をかけられた。
「どうしたの、大丈夫?」
 聞かれて、慌てて「大丈夫だよ」と返答すると、ユフィは眉根を寄せてじっとリクの目を覗き込んできた。
「……な、何?」
 思わず一歩だけ後ずさって聞くと、ユフィはしばらく黙った後、少しだけ困ったような笑顔で、ううん、と首を振った。
「なんでもないよ。ごめんね」
「……いや」
 ごめん、と言いたいのはこっちだった。
 純粋に心配して話を聞こうとしてくれたユフィに、気を使わせてしまった。
 正直、事情を知らない彼女を巻き込みたくなかったし、そもそも、相談しても自己嫌悪に陥るだけなのは目に見えていたから、言いたくなかったのは事実だ。
 でも、そうだとしても、もう少しうまく言えないものか、と自分を叱咤したくなった。
「行こっか。試合、出れなくなっちゃうよ」
 にっこりと笑顔になって言うユフィに「そうだね」と頷きかけて、いや、と首を振る。
「今日は、もういいや」
「え?」
 リクの言葉にきょとんとして、こちらを見返してくるユフィに、思わず笑いそうになる。
 自然と笑みを浮かべながら、「前にさ、」と言葉を続けた。
「いつだったか、買い物に付き合ってって言ってたよね。俺は、何も買ってあげられないけど……それでいいなら」
言うと、ユフィは驚いたように目を見張ってリクのことを見、「ユフィ?」と聞き返されてようやく、
「行くっ!」
 全力で答えた。
「何も買わなくていい、一緒に見て回るだけでいいからっ!」
 必死で言うユフィを見て、思わず声に出して笑った。
 眉をしかめて、不思議そうに「リク君?」とこちらの顔を覗き込もうとするユフィから顔をそらして、笑う。
 いつもとそう変わらないユフィの様子が、妙におかしいと感じた。
「もう、何笑ってるの?」
 怒ったような言い方をしているが、そういうユフィ自身も、笑いそうになっているのが見えた。
「リク君っ」
「うん、ごめんごめん」
 笑いながら答えて、行こう、と言葉を続ける。
「今日は、最後までユフィに付き合うよ」
 そう言うと、ユフィは、すごく嬉しそうに笑って、頷いた。

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