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 懇親会は、予想外に恙無く終わった。


 壁の花(といえば怒るだろうが)となっていた兄貴は、出来るだけ喋らないように気をつけていたらしく、ほとんど誰とも喋らずにいた。途中シリルは何度も話しかけていたようだけれども、主催者だけあって忙しいのか、あまり時間はとれなかったようだ。
 俺とユフィは、兄貴が「俺は端っこにいるから楽しんで来い」という言葉に甘えて、楽しませてもらった。
 途中、何度か貴族の女の子達に話しかけられたりしたのは少々鬱陶しかったが、それはそれで仕方が無い。こういうのには今まで出てきていなかったから、彼女達も好奇心が抑えられなかったのだろう。
身分が違えば、文化も人種も違うようなものだ。物珍しいのだろう。まあ、ユフィは、どうにも不機嫌だったが。


 シリルの合図で解散となり、最後に残った俺達は、何故か彼も含めて四人で、第三層への橋を渡った。
 俺がいるから送らなくても大丈夫と一応言ってみたのだが、


「何を言ってるんだリク君。レディを送るのは当然の義務だ。彼女達を誘ったのは僕だぞ、送らなくては名が廃るというものだ」


 という訳の分からない理屈で、押し切られた。
 兄貴も苦笑したままで、そういう反応をされてしまえば、俺に口出すことは出来ないから、黙って肩をすくめた。


 城のある第一層と貴族街及び聖教教会のある第二層がある上層と、俺達やユフィが住む第三第四層のある下層。
 その間には太い川が流れていて、数本の橋が掛けられている。
 この時間になるとその橋には一人ずつ見張りが付くようになり、渡るための許可が必要になる。下民は夕刻には上層から下だらなければならない。見つかれば、罰金。
 大抵の者は払えないから、犯罪者扱いされる。
 俺やユフィは、第二層にある学園に通っていることもあり、通行証はあるのだが、当然、兄貴には無い。
 適当に逃げるから大丈夫、などと言っていたのだが、シリルが居れば通行証など簡単に取ることが出来る。
 貴族様の知り合いならば、信用が置ける、ということだろう。
 面倒な話だ。


「しかし、下層とは初めて来た……このような広場もあったのだな」
「こっちだけで生きられるんだ。上よりも色々あると思うけど」


 周囲を見渡しながらそういうシリルに肩をすくめながら答えると、そうなのか、と感心したような声を上げた。
 ちらりと兄貴を見ると、それに気付いたのか、軽く苦笑してみせる。
 それにどういった意味が含まれているのかは分からないけれど、貴族は嫌いだと唇を尖らせるような、そんな感じはしなかった。


 ユフィを第三層にある家にまで送って、今度は第四層へと向かう。
 ここまで来ると憲兵の見回りもなくなるから、とシリルには帰ってもらうように促したのだが、


「主催者として、客人は最後まで送る。それが役割だ」


 と押し切られた。
 兄貴が男だとばらせば、問題なく帰ってもらえるような気がしたのだが……視線で問いかけると、何故かナギが迷った表情をした後に首を横に振ったので、黙っておいた。


「それで、ナギさん。あの、また懇親会とか……そうじゃなくても、一緒にお食事とか……」


 嬉々としてナギに近寄り、一所懸命に話しかけるシリルを見ていると、哀れになってきた。
 兄貴は兄貴で、苦笑して困ったように眉根を寄せ、首を横に振る。内気な淑女であるかのように、ほとんど口も利かず、だが誘いに関してはしっかりと断り続けている。
 ふと、言ってしまえばいいのに、兄貴らしくも無い、何故黙ってるんだろう、と疑問に思った。
 何か、理由があるのだろうが……勘違いされたくないなら、言ってしまった方が楽なのに。


「あ、知ってますか、ナギさん。第二層の人魚の広場。あそこには伝説があって……」


 少し笑みを浮かべて、首を縦に振る。


「そうですかっ! なら、今度、」


 ピィっと、一つ高い音がなった。


「え、何?」
「……警笛」


 シリルが呟き、それに答えるように兄貴が小さな声で呟いた。


「リク、下がれっ」


 鋭い声に反射的に従って、シリルの腕を引っ張り壁際まで下がった。
 何、とシリルが驚いた声をあげるが、それは無視。
「黙って」
「……おい、何なんだ?」
 シリルが戸惑い、眉をしかめる。


 リク達とすれ違うように、脇の細い通路から、黒い影が飛び出してきた。
 ナギが振り返り、右腕を振り上げる。
 甲高い金属音。右腕に力をいれ押しのけるようにしながら、後に飛ぶようにして下がる。左足に付けていたもう一本のナイフを取り出し、構えた。


「……神父?」
「……」

 無言で振り下ろされた曲がったナイフを、両刀で受け止める。
 ジョウカヲ、とその男が声を出した。
「……何?」
「ジョウカを」
 力では勝てない。
 後ろに逃げてしゃがみこみ、右足を蹴り上げるが、逃げられた。
 衣装が重い。
 舌打ちする。横薙ぎに出された曲刀を、ナイフで受け流した。
 ピィっ
 警笛だ。
 ピィっ!
 一気に壁際まで下がる。
 後を追って来ようとした神父の目前に、誰かが飛び降りた。キアだ。
 すぐに切りかかったキアの剣を受け止め、流す。返す刀で切りかかられ、神父が数歩下がる。それを追う様に、キアの剣が繰り出された。
「ナギ、平気か?」
「ん、ああジャンか」
 横から話しかけられ、軽く頷いて「平気」と答える。
「ナギ。リク達の方、頼むぜ」
「わかってる」
 ジャンに答えて、リクの方に駆け寄る。


 駆け出したジャンが、キアの剣戟の間を縫って、二本のナイフで薙いだ。転げるように逃げた神父が、舌打ちをし、背を向けて走り出す。
「……追うぞ」
「おうよっ」
 走り、神父を追っていく二人を見送って、他に気配がないのを確認し、息をつく。
「……兄貴、大丈夫?」
「ん、平気。かすってもねぇし」
 笑って答えると、そう、とリクが安心したように息をついた。
 そして、「あいつ」と言いながら、三人が走り去った方をみる。
「アタリだと思う?」
「多分な」
「……大丈夫かな」
「あの二人が追ってるんだ、逃がしたりはしねぇよ」
 心配そうに聞いてくるリクに笑って答えて、ようやく、自分の口調に気付いた。
 驚いた表情で自分を見てくるシリルに苦笑して、ごめん、と手を合わせる。
「巻き込みたくなかったんだけど、ごめんっ」
「……え、いや、」
 慌てて首を振り、きょとんとした顔でナギのことを見返す。
「巻き込む?」
「……っと。ばらさない方が良かったか?」
 思わずリクの方を見てそう聞くと、睨まれた。
 苦笑して、肩をすくめる。
「あー、わかった。言うよ、いう言う。うん」
 一つ頷いて、シリル、と声を掛けると背筋を伸ばされた。
 そんなに、かしこまらなくても良いんだけど。
「えっと、説明すると……さっきのが犯人なんだよ」
「さっきの?」
「神父、いたろ」
「まあ……え、犯人」
「そ。犯人」
「え、何の」
「そら、事件の」
「じけん?」
「そう。ほら、えぇっと……リク、パス」
 いわれて、苦笑しながら「わかった」と答える。
「簡潔にいうと、下層で女性ばっかり狙う殺人犯がいて、そいつを捕まえる為に兄貴が女装して囮になってたの。で、おそらく、さっきのが犯人」
 そういうと、シリルがようやく理解の色を目に浮かべた。
 そして、ん、と首を傾げる。
「女装?」
「そう、男だからね、これでも。兄貴、髪とってよ」
「ん、ああ」  頷いてカツラを
とる。その様子をじっと見ていたシリルが、
「……嘘だろ」
 がっくりと肩を落とした。

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